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 風水・五術・道教・仏教・功法・守護仏・宝石・西遊記
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金兜山の独角大王2『西遊記』における『天台小止観』の意義ーその7
『南華密教講義禄』より


 『天台小止観』具縁第一

  欲修止観    止観を修めんとすれば
  必須具足五縁  必ず五縁を具え足りるべし
  五縁者     五縁とは
  一持戒清浄   一に戒めを持ちて清らかに浄めよ
  二衣食具足   二に衣と食とを具え足りよ
  三閑居静処   三に静かな処にのどかにすめ
  四息諸縁務   四に諸々の縁(えにし)と務めをやすめ
  五得善知識   五に善き知識を得よ


 欲−なになにしたい
 必須−必ずすべし(=HAVE TO,MUST)
 持−守る努力する 戒−戒律
 清浄−仏教独特の意味、気持ちが純真・無心で汚れにそまらない
 衣食−衣食住行育楽の生活全般の意味を略している
 閑居−やすらかにゆとりある生活をすること
 息−終わらせる、かたづける 縁−かかわり、しがらみ
 知識−知り合っている人、友達・仲間・先生

 止観を修行する場合、必ず五縁を充分具えていなければなりません。
 五縁というのは、
 一は、戒律を守って気持ちを純真にして無心であること。
 二は、生活の心配がないこと。
 三は、静かなところで静かに安らいで、ゆったりくつろいだ生活をすること。
 四は、いろいろなしがらみや任務を終わらせること
 五は、よき友よき師を得ること



 五縁は止観の修行に是非必要であり、思い通りに修行を進ませることができる。
 思い通りにならないと「如意圏」から出てしまい、青い牛が飛び込んでくる。
 純真で無心なことは、今の世の中で一番欠けていること。そこで「ピュア」というドラマが受けているが、日本全体が知恵遅れになるわけにもいかない。
 戒律というほどのことはできなくても、せめて定められた規則や秩序を守り、他人に迷惑をかけずに日常生活をしたい。
 生活の糧の確保は是非必要なことで、衣=衣料、食=飲食、住=住居、行=運行、育=育成、楽=娯楽。これらの最低限度は是非必要。
 運行とは空間の移動。育成は人間を育て上げることで養育と教育に分けられる。 養育は不安と不満を除くことで、教育は情報を与えられること。従って育成とは一生を通じて欠かせないこと。
 娯楽とは面白くて好きなものを楽しむことで、人生の善し悪しを決めるのに絶対欠かせないもの。
 衣食住行は肉体的生理的に是非必要で、命を保つために欠かせない。
 育と楽は精神的心理的に是非必要で、人生を素晴らしくするために欠かすことができない。
 静かなところで暮らすということは今の日本ではほとんど望めない。より静かなところということになる。
 しがらみを片づけ、任務を完成して後顧の憂いをなくすことは一生を通じて心がけることで、止観を修行する人に限られたことではない。さもないといつまでも気持ちが休まらない。

 善知識には三種があり、
  外護善知識とは、自分の修行に外的援助や保護をしてくれる信者
  同行善知識とは、自分と一緒に励ましあって修行する道友
  教授善知識とは、自分の修行を教え導いてくれる同志

 日常生活に当てはめると、外護善知識とはスポンサーのこと。
 同行善知識は協力者。教授善知識は師・先生。
 現代人は、何かやろうとするときに、スポンサーと協力者はいるが師がいない。
 学校の先生も能力的にも意欲的にも先生と言えるかどうか。
 そのため社会全体が四大混乱に陥っている。

  不合理 住専問題−ほっておけば別になんでもない
  不論理 つじつまがあわない
  不倫理 道徳がない
  不義理 約束が守られない

 師がいないために起こっている問題。
 安岡正篤−細木数子を囲っていた?こんな大先生では困る。
 橋本龍太郎も先生がいない。
 小沢一郎の周先生−中国五術研究家?
「小沢一郎」という七言絶句(鶴頂格という)ー表仄も韻も踏んでいない。中国人?なのに漢詩の決まりを知らない人が先生になっている。
 陳舜臣−漢文の読み方がでたらめ。
 邱永漢−まともな経済学をやっていない。台湾に行くごとに身ぐるみ剥がされる。今では、台湾株で上手な経営者の株を買うようにしている。
 台湾では一億元の株を持っていたら配当だけで楽に生活できる。
 日本では4億円の株を持っていても百万円くらいしか配当がない。



◎実学−人間科学の概論

 人間という動物があること自体まったくの偶然。
 何百万年か前、東アフリカで地殻変動がおきて大きな山ができ、これに遮られて水分を含んだ風が流れてこなくなり、森林がなくなって草原になった。
 ここにいたチンパンジーと人間との共通の先祖は、草原で他の動物から身を守るため、立ち上がる必要が生じた。
 チンパン人は、木に登るときに木を歩いて登る習性があり、ももの筋肉が発達して立ち上がれる条件を持っていた。
 こうして立ち上がった結果、この生き物は脳の支えかたが変わり、からだの中心で頭を支えることができるため、より大きく重い脳を支えることができるようになり、次第に脳が発達していった。
 人間の場合は自然にまかせていたので何百万年もかかったが、豚の品種改良など人為的に計画的にやれば1年6カ月くらいでで変わってしまう。
 人間は脳が大きくなったので賢くなったが、別の問題が出てきた。
 猿や類人猿の仲間では、生まれた子供は歩けないまでも自分から母親にしがみついて、母親は手足を自由に行動できる。
 ところが人類は頭が大きくなりすぎたので、胎内で充分に成長してしまうと骨盤を通ることができなくなり、早産癖のある遺伝が生き残れる。
 普通の動物のように生まれてすぐ立ち上がったり、ぶら下がれるまでに育つと、人間では二年間くらいを要し、出産できずに胎内で死んでしまう。
 人間の赤ん坊のように目も見えない、聴覚も鈍い、自分で動けない状態は、他の動物では未熟児ということになる。
 母親の出産状態は、動物で言えば流産のダメージを受けた状態で、一カ月くらいは、安静を要する。
 子供は未熟児で、母体は流産ダメージで、オスの手助けなしには出産ができない。そこで「つがい」という形態が形成されてきた。
 女性は責任を持たない男性には性行為を許さない。そのかわりに発情期以外でも、生活の糧を運んでくる報酬として性行為を許すようになった。これはチンパンジー時代から、食べ物の報酬として発情期以外でも性行為を許す霊長類の習性を利用したもの。 
 普通の動物はあまりつがいを形成しない。鳥などはメスがたまごを守る、オスが餌を運んでくるという形をとる。
 よく、原始時代は乱行で文明の発達とともに一夫一婦制ができたと、常識的にあるいは直感的に考えられがちだが、実際は逆で、一夫多妻は生活資源が豊富になって初めて可能性があるのであって、昔はすべて一夫一婦制だった。
 つがいの目的は子育てにあり、生活資源を運んでもらうからつがいの関係が形成されたのであり、生産力が低い段階では一夫多妻制はできない。
 今でもチベットなどでは多夫一妻制があり、複数の男性で一人の女性を共有している。つまり男一人の稼ぎが1・5人分くらいなので、4人の男性でやっと妻一人と子供一人を養える。この貧困の原因は、標高が高く天然資源が非常にすくないところにある。南洋など物産が豊富なところにはない。
 ふつうは一夫一婦制から始まって、今では崩壊しつつある。
 末野興産のように5〜6人くらい平気で養えれば一夫多妻に移行するようになる。
 生産力が高まると分配の平均が崩れ、大きな分配を持ったものと少ない分配を持ったものと差が大きくなる。 
 女性にとっては、一夫多妻のほうが利益につながる。逆に男性全体にとっては一夫一婦制のほうが利益がある。

 例えば一日の収入が5万、4万、3万、2万、1万、0、マイナス1万という男性がいたとする。(1千万・100万・50万・10万、1万などと読み換えても良い)

   末野  君島  羽生             芳賀

   5   4   3   2   1   0  −1
   
   沢口  吉川  畠田        山田  久本

 日収1万円以下の男性と組んでいる女性は日収三万円以上の男性のところに行ったほうが、妻が複数であってもいい生活ができる。
 しかし一夫一婦制のためにできない。この位置の女性は子孫を残せるチャンスがすくなくなる。
 上位にいる男性は、条件が等しければ複数の女性を望むが、あぶれた男性の問題もあり、社会不安をおこす恐れがあるから、結局一夫一婦制をとることになる。
 全女性的には一夫多妻制のほうが利益があり、全男性的には一夫一婦制のほうが利益がある。
 現在の一夫多妻現象というのは、女性が応じるためであり、男性の力ではどうにもならない。
 男性全体の意向としては一夫一婦制を守りたがっている。



 一夫一婦制は、女性の権利を守るものではなく、貧乏な男性にも女性をあてがうことができる制度だったのですね。
 
 男性はより多くの種をより多くの女性にばらまき、女性は男性と種を選別することで、人類が地球上に生存できる条件となっています。 
 「女なら誰でもいい」ような男性や、「金持ちエリート男性しか興味がない」女性などは、軽蔑の対象になりがちですが、これらはただ人類としての本能に従っているだけであり、実は人間として当然のことと言えます。
 ただ、人類にとってあまり役に立たないのが「嫉妬」という感情であり、基本的に一年に一回、一生でも十回程度しか生殖できない女性が、生殖能力も経済力も過剰に余りある男性を独占する、という矛盾を生み出します。

 もともと「嫉妬」のような感情は、人間にとって無駄なことですが「競争」によって能力を高めて行くためには必要なものだったのでしょう。
 「競争」は人類の文明をより高度にし成績を上げてきましたが、「競争」によって人類が滅びる可能性が、原子力などの利用によって現実のものとなった現在では、「競争」を調節できなければ人類も生き残れません。
 
 それほど考えなくても、「嫉妬」が下らないことくらい、小学生でも知っていますが、知っているだけで実行できないのは、何歳になっても同じことです。

 知っている通りに行動できることを、中国では「知行合一」といい、仏教ではこれを「悟り」という言葉で表現します。

 知っている通りに行動できない限り、人間は「苦」から逃れる事ができません。
 しかし、間違った知識に基づいて、知っている通りに行動したら、いったいどうなるのでしょう。

 仏教という車の両輪は「智慧」と「悟り」であり、そのどちらが欠けても、人類の役には立ちません。

<おしまい>


| 南華密教 | 10:28 | comments(0) | trackbacks(0) |









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