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南華のブログ

 風水・五術・道教・仏教・功法・守護仏・宝石・西遊記
などについて不定期で更新していきます。
 占いや宗教などに関心がある方、ぜひ見てください。
 
2010年7月〜の世界情勢 「星平会海」による測局
 『星平会海・卜相篇』を執筆中の掛川掌瑛先生より、「測局」に関する情報をいただきました。

 「星平会海」とは、「子平」と「七政星学」を合わせて見る、非常に高度な占術であり、「子平」の「八字」だけでは読み取れない事柄を「七政星」の角度によって知ることができます。
 また「測局」というのは、「五術」の中の「卜」に属するもので、世界の政治・経済・社会などの情勢を予知するための占術です。 

 「七政」の「測局」を見る前に「子平」による2010年の「測局」をおさらいしておきましょう。

----------------------------------------------------------------------------
 世界の未来を予測するには「元・会・運・世」という四つの要素で、子平の「局式」を立て、命理の場合と同じように「強弱・格局・喜忌」を出し、「象意」を判断することができます。

 すると、現在の「局式」は、次のようになります。

 世 運 会 元
    合
 甲 乙 庚 甲
 申 亥 午 子
      冲  

○強弱

木 3干1支 6点 強
火 0干0支 0点 弱
土 0干0支 0点 弱
金 2干1支 4点 平
水 0干2支 0点 弱

○格局

内格身旺

○喜忌

喜神 庚 忌神 甲乙 

つまり、身旺の内格で、強すぎる運主を喜神の官殺が制している局式と言えます。
会干の庚は、運干乙に対して「修剪」つまり剪定鋏の役割を負っていますが、乙の蔦が甲の樹木にからみつく「藤蘿絆木」の状態にあり、なかなか剪定ができません。
そこで、1984年から2013年まで続く甲申世の30年間、世界は新しい秩序を求める勢力と、今までの安定にしがみ付こうとする勢力との、せめぎあいが続くようになります。

 本年は、庚寅の流年に当たります。

 庚は、忌神の乙を干合して弱めますから「中喜」ということができます。
 寅は、運支の亥を合しますが、世支の申と冲で、共に解け、甲乙の根として「中忌」と見ることができます。

 干が「中喜」で支が「中忌」ですから、世界全体としては非常にちぐはぐなことが多い年ということになり、新しい秩序を求める側と、今までの安定を求める側とのせめぎ合いが続きますが、どちらに有利とは言えません。
 特に、中東問題などでは、どちらが新秩序でどちらが守旧かは目まぐるしく変化しますから、今年も全く予断を許せません。
 
 また、寅の十二長生は「建禄」で、甲乙の根で忌神ですから、利益第一主義で現実主義で夢が無い、という象意を持ちます。

 アメリカのオバマ政権や日本の民主党政権などは、現実主義に手足を縛られながらも、新秩序の構築へと向かうようになります。


○世界経済

 この局式には「財」が出ていませんから、経済のことは、会干で判断します。
 会干庚は喜神の官殺であり、この30年間は、新秩序の構築が進み、世界経済は大いに発展しますが、新秩序側と守旧側との対立があり、弱者は淘汰され、切捨てられたり、格差が広がります。

 庚寅年は、流年の庚は喜神、寅は忌神ですから、新秩序を構築しようとする側にばかり有利ではありませんが、既に守旧勢力が盛り返せるような状況でもありません。

-----------------------------------------------------------------------------

 以上が、今年の1月3日に公開した、「2010年 世界はこうなるー子平測局」という本ブログの記事です。
 次は、『星平会海・卜相篇』の中からの抜粋です。


kokai

上の星図で、木星が亥の29度にあり、土星が辰の5度にあります。(これらの星の角度は「七政星学」に特有のもので、一般的な「西洋占星術」などの見方とは一致しません)
 すると、一見して、木星と土星は、「衝」の位置にあることが分かります。
この「交会」は、2010年の5月から11月にかけて見られるものです。
「七政命理」において木星と土星の「交会」による象意は、「一落千丈」というものですが、「流月」で見ますと、もっと詳しい象意が書かれています。

 
 交會
相衝一落千丈終
  相い衝(冲)すれば一たび落ちること千丈に終わる

冲の場合、いったん身分地位を失うと、最底辺まで落ちてしまいます。


 流月
相衝好事夢一場 
 相い衝すれば好事も夢一場
十錢進來百錢光  十銭進み来るも百銭光(つく)し
幻華一瞬科權祿  幻の華一瞬の科・権・禄
小心車船在他郷  小心せよ車船他郷に在らば

流木が流土を「冲」したら、良いことがあっても夢のように儚く、
金が入っても、すぐにそれ以上に使い尽くし、
名声、権力、地位も幻の花のように一瞬で、
外地に於いては乗り物などに気をつけないといけません。


以上が、「流月」における、木星と土星による「冲」の交会による象意であり、

「一落千丈」
「相い衝すれば好事も夢一場」
「幻の華一瞬の科・権・禄」

と、言うと、
五月の英総選挙での、ブラウン前首相の「失言」による労働党の敗北―政権交代や、
六月一日に、鳩山首相におきた出来事と合致するように見えます。

 ここで挙げられている象意は、あくまでも「命理」の「流月」としての象意ですから、そのままでは、「測局」になりません。
 ブラウン首相や、鳩山首相に起きた出来事、と見えるものも、「測局」の象意としては、実は、国民や人民に対して起きた出来事と考えるべきものです。
 
また、この「冲」は十一月まで続きますから、日本の菅新首相はもちろん、オバマ大統領をはじめ、各国の首脳が、交代する可能性があるかも知れません。


 
 このような現象は、政治だけでなく、スポーツの世界にまで見られます。
 サッカーのワールドカップにおいて、前回優勝国イタリアと準優勝国のフランスが共に予選リーグを突破できず、さらに優勝候補のブラジル、ドイツ、アルゼンチン、イングランドなど、優勝経験国がすべて決勝に進めず、今まで優勝したことのない、オランダとスペインが決勝に進み、予選リーグ初戦で敗れたスペインが初優勝しました。

 実績のある優勝候補の国民にとっては、正に「好事も夢一場」という心境だったことでしょう。


------------------------------------------------------------


 と、言うことで、この先11月までは、現在と同じ状況が続くことが予想されます。
 菅直人首相の政権も、参議院選挙に惨敗し、もはや風前の灯火となっています。
 
 有力、確実と思えるものが、案外簡単に敗れることがありますから、大いに注意を喚起したいところです。 




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| 五術 | 12:59 | comments(1) | trackbacks(0) |
小沢一郎インタビュー 「次の総理=菅直人について」
私の愛読ブログである、 日々坦々 様が、又々素晴らしいお仕事をして下さいました。

今はひどい事になっている『週刊現代』も真面目に仕事をしていた時期があったのですね。


民由合併直後の小沢インタビュー (週刊現代 2003年 11月29日号)

2010⁄06⁄14(月) 07:38 過去から現在を見てみる(転載のみ)


民由合併直後の小沢インタビュー

次の総理菅直人について  (週刊現代 2003年11月29日号)

日本的なところがダメ

−−今回、民主党が獲得した議席数、177という数字について、まずうかがいたい。自民党は237。保守新党が合流して、結局のところ自民党が単独過半数を確保した。小沢さんにとっては、決して満足できる結果ではないと思うが。

小沢 投票率が59.86%で、戦後2番目の低投票率でした。前回、ユ00年の衆院選の62.49%と比べても、3_弱下回ったわけですが、それが前回を5_ぐらい上回る66〜67%だったら、民主党は、過半数に手が届いたと確信しています。

選挙前に私は、民主党と自由党の合併が、1+1=2以下という結果では失敗で、1+1=3以上にならなくてはいけないと言いました。この低投票率で、民主党がこれだけ議席を取れたことは、投票所へ行かなかった人たちに、「なんだ、投票に行けば何か変わってたかもしれない」そう思わせることに今回、成功したと思っています。

政権を取るか取らないかという意味では、自民党に敗北した。しかし、政権交代のリアリティーを国民に伝えることはできた。次の戦いに繋がる良い一歩を踏み出せたと思います。1+1=2以上にはなりました。

−−自民党、民主党双方が、マニフェスト(政権公約)という言葉を前面に押し出して戦った。双方のやりたいことが、国民に伝わりにくかったのではないか。

小沢 今後残された問題は、二つあります。一つは政策をもっと明快にしなくてはいけないということです。民主党が日本経団連に行ってマニフェストの説明をしたら、「自民党と変わりないじゃないですか」と言われた。自民党と比べて、民主党のマニフェストは一歩進んだものです。しかし、安全保障問題であれ、郵政民営化であれ、少しでも結論にあいまいなところがあれば、「自民党と同じで、本気で改革する気はない」そう受け取られてしまう。もっと骨太でビシッとした原理・原則、そしてそれに基づく明確な具体策を出さなきゃダメだと思います。

二つ目は、選挙運動ですね。これだけは自民党を見習ったほうがいい。民主党の議員には、日常的に選挙運動するという習慣が染み込んでいないようですから。

−−論理的でソフトな菅代表と、明快な言葉で伝える小沢さんという二枚看板で戦ったが、今ひとつ噛み合わなかったという印象もある。

小沢 その見方は必ずしも適切ではありません。だいたい民主党のマニフェストは20〜30ページもこまごま書かれていて、あれでは誰も読まない。もっと骨太の分かり易い、簡明なものにしたほうがよい、ということを申し上げ、菅さんと相談のうえ、<5つの約束>と<2つの提言>という形にまとめたわけです。政治家は短くても原理・原則を明快にし、力強いメッセージを打ち出すべきです。

−−民主党と自由党が合併して1ヵ月半ほど経った。民主党の良くない点は、どこか。

小沢 日本的なところ。日本的コンセンサス社会の体質をまだ残していますね。会議を例にとっても、時間をかけ、全員の意見を聞きさえすればいい、それが素晴らしいことだという意識が根強い。その結果、意見がまとまらない項目について、採決したり、リーダーが責任を持って決めたりすることはない。自民党も労働組合も、この文化に根差している点では同じです。

菅さんはゴーンに学べ

−−トップダウンにすべきということか。

小沢 トップダウンが一概に悪いわけではない。トップが、理念や哲学をちゃんと持っていて、失敗した際に責任を取れるならね。しかし、民主党の場合、それ以前に、議論ばかりしてないで、結論を出すことの重要性に気付かないといけない。角が立たないように玉虫色に、難問を先送りし、コンセンサスを形成する。これは日本的民主主義であって、真の民主主義ではありません。

−−菅代表にも、そうした体質が残っている?

小沢 菅さんだけではありません。みんな旧来の体質を引きずっています。民主主義は、結論を出すために多数決というシステムがあり、ポジションがあるわけです。民間の会社をご覧なさい。役員会が真っ二つに分かれたら、社長が決断する以外ないでしょう。それができない会社は、市場から退場させられます。

菅さんは、日産の社長、カルロス・ゴーン流を学ばなくてはいけない。「私は改革をこのように進める。それができなかったら、責Cとって辞める」この一言をズバッと言うことこそが、欧米流の民主主義の神髄です。今までは日本的民主主義で済んできました。しかし、グローバリゼーションの中、それでは立ち往かなくなっています。幕末と同じ時代背景なのかもしれない。

−−菅代表ではリーダーシップを発揮しきれなかったということか。

小沢 なぜ、民主党は日本的民主主義を引きずるのか。問題は組織にあるのではない。やはり人にあります。リーダーが発想を変えなくてはならない。ゴーン社長は日産の多くの工場を潰したかもしれないが、企業としての日産は立て直した。その割り切りが必要なんです。

今回の選挙で、民主党は「つよい日本をつくる」というキャッチフレーズで戦いました。スタッフの感覚としては、ソフトで繊細なイメージの菅さんが、逆に力強く改革を実行する、そんなイメージを持たせたかったのだろうと思います。しかし「つよい」という言葉に、正直、私は引っかかった。強いか強くないかは、その中身によるからです。政治家としての強さは、自分の責任でキチンと結論を出し得るか否かで測られるものです。それができれば、わざわざイメージで強さをアピールすることはない。

私は強面だから強いと言われているわけではありませんよ(笑)。自分の考え方や主張をハッキリと示し、曲げないからこそ、強いと言われているのだと自負しています。

−−菅代表は、理論派で、一国のリーダーというより、政策を論じる政調会長のイメージが強い。

小沢 そうは言っても、ポジションにある者を、きちんと認めなければなりません。これは、大事なことです。以前、『週刊現代』のインタビューを受けた際、自分のことを「菅さんの子分だ」と表現しました。そのことは、間違いない。それを認めなければ、民主主義は成り立ちません。

しかし、ポジションにあるものは、その責任において決断しなくてはならない。そして、トップを選んだわれわれは、それに従わなくてはいけない。トップその任にふさわしくないと思えば、任期が切れたときに交代させればいい。

−−しかし、衆院選でもっと「小沢色」を出せば、票数が伸びたのではないかとの指摘もある。まだ「一兵卒」にこだわるつもりなのか。

小沢 肩書なんぞ、どうでもいい。力のない者が求めるものです。

そもそも、私はまだ少数派なんです。私に対する待望論が本当に国民の多数だったら、自由党が単独で政権を取っていたでしょうし、したがって民主党と合併する必要はなかったでしょう。政財界をはじめ、さまざまな方にお会いしてお話しすると、

「小沢さんの言う通りだ」そう言ってくれます。でも票は、集まらない(笑)。みんな、何かを変えなくちゃいけない、今までどおりじゃダメだと感じ始めてはいるのですが……。

−−菅代表に可能性を感じているのか。総理大臣が務まるかどうか、国民には不安があると思うが。

小沢 大丈夫、小泉さんがやっているんですから(笑)。菅さんも国のトップを狙うという意識が芽生えてきたようだね。その意識こそが、だんだんと総理としての度量を持った人間をつくるのだと思います。政策面などで、「あまり細かいところに囚われないように」と、直接、本人に申し上げることはありますね。総理になるのだから、もっと王道を学ばなくてはいけない。

自民党は創価学会依存症

−−選挙の話に戻るが、今回、自民党が持ちこたえたのは、公明党=創価学会の支援を受けたことが大きい。

小沢 民主党の票は、東京をはじめ、大都心でいまひとつ伸びなかった。投票率が低かったから、結果として、創価学会の集票力が効果を発揮したのです。今後、選挙における創価学会の影響力はいっそう増大するでしょうから、国民の選挙への関心を高め、投票率を上げるために何かを打ち出さなくてはならないでしょう。

それにしても、自民党は「創価学会依存症」がさらに強まったね。もはや、自民党は創価学会そのものといってもいい。だって、「比例は公明党へ」って、自民党の候補者が呼びかけているのだから(笑)。

今後、自民党はこのツケを、公明党に支払わなくてはならなくなる。

−−しかし、公明党を最初に連立与党に組み入れたのは、細川連立政権をつくった小沢さんだった。

小沢 自民党政治を壊すための手段です。だから、仕方がなかったと考えています。倒幕の軍勢だって、崇高な革命のために立ち上がった人だけではなかった。自民党を倒すこと、これがまず第一なのです。

しかし、公明党はその後、理念より権力の側に立つことを選択して、従来の主張をことごとくひっくり返した。彼らは選挙で自民党の首根っこを押さえつけていますから、自民党は、何を決めるにも公明党=創価学会に慮る必要が生じます。公明党を中に入れたことで、自民党が内側から蝕まれて瓦解する可能性が高いと思います。



−−小沢さん自身、総理をやりたいという気持ちはないのか。

小沢 やりたくはありません。ただ、国民の皆さんが小沢に任せるからやれという時がきたら、その時に考えます。小泉さんは、「郵政民営化は、オレは最初から言ってるんだ。みんなが総理に選んだんだから思った通りにやらせろ」と言っていますが、その点では正しい。任せた以上、急に掌を返してダメだと言うのはおかしい。

民主党が天下を取れば、まず菅内閣になる。その他のことはその後の話です。とにかく、まずは政権交代ですよ。何度も言いますが、この衆院選で、政権交代が実現不可能ではないということが、国民の皆さんに分かっていただけたと思います。


追加

――その管さんの哲学というと、どういうことですか。

小沢 菅さんなりの市民派の哲学ですね。ただこれは、僕なりの菅さんへの注文にもつながっていく。菅さんは庶民派ですし、市民との交流もある。これはすばらしいことだと思います。

けれど、宰相に求められる資質はそれだけではない。俗に等身大の政治などというでしょう。だけど、僕は総理大臣というのは一般大衆とは同じ感覚であるべきではないと思っています。同じ感覚では総理大臣は勤まりません。

一般大衆の関心というのは、基本的には家庭であり会社であり、隣近所です。だけど総理は全国的というよりは国際的な視野をもって、国のため国民のためと信ずることを断固としてやらなければなりません。それが総理の重みということになるんでしょうが、それを菅さんに身につけていただきたい。その意味で庶民派から一歩、脱皮していただきたいと考えています。

――小沢さんと菅さんは、まるで違うタイプの政治家に見えます。それなのに、一緒に碁を打たれるなど、気脈を通じている。どこが引き合うのでしょう。

小沢 お互いにないものを補完する関係ですよ。僕は物事をわかりやすく話したり、人の間に入っていって交流するのが苦手です。なにしろしゃべること自体、本来、嫌いなんだから。ところが菅さんは、さきほど言ったように、そういうところを得意としている。

自由党と民主党にしても同じことですよ。民主党は議員がたくさんいるし、全国的に力がある。だけど、国民の感覚としては野党としてのイメージが強い。そのように国民は見ています。

一方、自由党に対しては、言っていること、論理的には正しい。主張はいいことを言っている。小沢以下、実際に政権に携わった経験もある。だけど、数が足りない。その二つが合わさることによって、国民の要請に応えることのできる政党になることができると思っています。




| - | 09:16 | comments(1) | trackbacks(0) |
守護仏7 薬師如来の個性 小沢一郎
2007年3月執筆(一部加筆)


   F、薬師如来  理性と厳粛

 薬師如来は、正式には、薬師瑠璃如来と言われ、阿閦(あしゅく)如来、不動如来、などの別称で呼ばれます。密教五方仏のなかの東方仏であり、東方妙喜世界をつかさどり、金剛界曼陀羅では、下側に描かれております。
 薬師如来の個性は、「理性」と「厳粛」というキーワードで表現され、日頃から、理性を働かせ、何事も冷静に、考えて行動し、自分に厳しく、他人にも安易な妥協をせず、ものごとに対して、厳しく対処しなければなりせません。
 もしも、薬師如来の人が、感情的、妥協的、衝動的、と受け取られるような態度をとりますと、イメージが悪くなり、魅力を失って、他人から軽蔑されるようになります。 つまり、どんな場合でも、あわてたり、興奮したり、やたらに融通をきかせたりしてはいけません。
 こういう態度を貫くためには、まず、主張することに筋が通っていなければなりません。さもないと、ただのごり押しと見られてしまいます。つまり、常に「理性」をもって、冷静に物事を判断しないと、厳しさにはつながりません。


 小沢一郎氏(1942年5月24日14時生まれ)は、政界でも非常に厳しい人とされ、妥協しないことで知られています。
 他人ばかりか自分にも厳しく、海部辞職後の首相に指名されますが、健康不安もあって辞退、最近も、年金未納問題を理由に、民主党代表就任を、一度は辞退するなど、望めば手に入るトップの座になかなか就こうとしません。
 日本の政界では唯一の、ビジョンを持った政治家として知られ、小選挙区制、副大臣制、有事法制、消費税の福祉目的税化、地方分権、規制緩和、官僚支配から政治主導への転換、集団的自衛権、海外派兵など、今日の課題のほとんどは十五年以上前から、小沢一郎氏によって提案されてきたものです。
 細川政権の時に、小沢主導で打ち出された「国民福祉税構想」は、年金破綻が現実になった今になってみれば、あの時やっておけばと思える制度でしたが、当時は説明不足のために、と言うよりは、自民政権の復活を望むマスコミのバッシングを受けて、葬られました。

 その一方、「豪腕」などと揶揄され、新党を作ってはつぶし、連立政権を組んでは解消する、分かり難さが、薬師如来の個性である「理性」のイメージとは、離れてしまっています。
 小沢一郎氏が、もっと薬師如来のあるべき個性を発揮し、誰が見ても理性的と思えるように、分かりやすくその政策を説明し、より厳しく、そのビジョンを現実化して来れば、今日の、日本の混迷はなかったかも知れません。



 薬師如来を守護仏とする人は、仕事のときでも、やたらに頭を下げたり、腰を低くするのではなく、冷静に物事を判断し、有利不利を問わず、厳しく取り決めを実行します。
 こちらの立場が弱い場合でも、きちんと筋が通っていれば、普段からきちんと取り決めを実行しているので、無理を通すことができます。

 恋愛や交際の場合でも「理性」と「厳粛」のイメージを通し、相手をしっかりと見守ります。そして、トラブルに遭ってもあわてない、自分の考えがはっきりしている、相手の意見を理性的に受け入れる、ことが大切です。
 あまり、ムードがない、と心配するかも知れませんが、薬師如来の人に限っては、これが最善の方法で、しっかりと、自分の魅力を相手に感じさせることができます。


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| 守護仏 | 10:47 | comments(1) | trackbacks(0) |
感謝!「小沢一郎語録  住┿鑛圈廖米々坦々)を読む
私の愛読ブログである、 日々坦々 様が、素晴らしいお仕事をして下さいました。
何と、小沢一郎氏の語録をまとめてくださったのです。
今回は、まだ第一回で、「雑誌編」とのことで、さらに第二弾、三弾があるのでしょう。

今回の記事も、皆、どこかで読んだことがあるものがほとんどですが、どこで読んだのか、出典はどこなのか、分からずにいたものばかりです。

小沢一郎氏がいかに偉大な政治家であるか、日本の社会に無くてはならない人であるかを、CIAに操られたマスコミに冒された人々に説明するのは骨の折れる仕事です。彼らは実際の小沢さんがどのような考え方を持っているのか、どんな仕事をしてきたかについて、実は何も知らないのです。

この「小沢語録」は、あらゆる日本人の必読と言うべきであり、大いに普及させるべく、南華のブログと致しましても、全文を転載させていただきたいと存じます。

できましたら、ここで読むだけではなく、日々坦々さまにもアクセスしていただき、ブログランキングをクリックしてくださいますようお願い申しあげます。
なお、明らかな誤植と思われる箇所について、勝手に訂正させていただいた文字があることをご了解ください。



日々坦々

日々の出来事をボヤキつつ、日本が直面している諸問題の根源を追求する

小沢一郎語録  住┿鑛
                    2010/03/15(月) 00:16

小沢一郎語録で検索すると、そのほとんどがネトウヨ系の「短絡揚げ足取り批判のための語録」か、時系列に並べて発言の矛盾点を浮き彫りにさせようと意図する「悪意丸出しの偏向メディア系語録」しかなかったので、小沢一郎政治塾のHPを中心にネットで集め、当てはまるであろう項目を勝手につくって整理してみた。

こうして見てみると、世界情勢や日本の政治状況により、その都度変化しているものもあるが、それはブレでも何でもない。あくまでも政治理念と目標が筋が一本通り揺るがなければ、あとはそのための戦術であり目的達成のための手段でしかないので、それが変わっていくのは、むしろ当たり前のことで、これをブレると言っている輩は批判のための批判で言いがかりというものである。(こんなサルでもわかる事を真顔で批判する評論家がいる)
2002年から2009年までの雑誌を中心とする語録で、まだ未完全であるが、あまりに酷い小沢語録がネット上で蔓延しているため、突貫工事的に急遽エントリーしたので、随時、訂正追加していく予定である。


■自由党・民主党合流から政権交代まで
2002年、民主・自由両党の合併問題で小沢は党名・綱領・役員は民主党の現体制維持を受入れることを打診し、両党間で合併に合意した
2003年9月26日、自由党は民主党と正式に合併し、小沢は民主党では一兵卒として無役になった。
2005年9月11日、第44 回衆院選で民主党は現有議席を60近く減らす惨敗を喫し、岡田は代表を引責辞任し、小沢も党副代表の職を辞任した。岡田の後任代表となった前原誠司は、小沢に党代表代行への就任を依頼したが、これを固辞した。
2006年4月7日、前原代表が、「堀江メール問題」の責任を取って党代表を辞任、小沢は 119票を獲得し菅直人を破り、第6代の民主党代表に選出される。
2007年4月8日、統一地方選挙で145議席増え375議席に躍進した。
2007 年7月29日に行われた、第21回参議院議員通常選挙で民主党は60議席を獲得、参議院第1党となり、野党全体(共産党を含む)で過半数を得た。
2007 年11月2日、小沢は福田と会談、連立政権について提案を党に持ち帰り臨時役員会に諮るが党内の反対を受け連立を拒否。連立騒動の責任を取り代表辞任を表明したが、慰留を受け代表続投。
2008年9月22日、民主党代表選で小沢が無投票で3選。
2009年5月11日、西松建設疑惑関連で公設秘書が逮捕された件で、民主党代表を辞任。
2009年5月17日、選挙担当の代表代行に就任
2009年9月3日、第45回衆議院議員総選挙で政権交代を果たした後の、鳩山代表が小沢に幹事長就任を要請
2009年9月15日、民主党両院議員総会において、正式に幹事長に就任した。


■小沢一郎語録 住┿鑛

● 政治目標・普通の国
日本のように、自分の考えとか主張が何もないという状態が「普通ではない」ということなのです。安保面だけのことではない。温室育ちの、世界でも特殊な国家の日本では、「普通ではない」ことがまかり通っています。「自立した国民による自立した国」、それが普通の国です。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

僕の政治の目標は、国家の目標も人づくりの目標もそうですが「自立」です。自分で判断して、自分の責任で行動しろ、甘ったれるんじゃないと言っている。人のせいにするな、自分でやったことは自分でしりぬぐいしろというのが基本です。日本が自立した国家として体を成していないのは、日本人自身が自立していないからです。政治塾もそのことを最大の眼目にしてやっています。
桜門春秋 2005 春季号 2005年4月1日(金)


●小沢一郎自身について
人が離れていくこと 
私はよく「小沢のもとからは人が離れていく」などと批判される。しかし、人を集めて組織を大きくしても、理念なき烏合の衆だったら意味がない、というのが私の考えだ。今必要なのはたとえ小さくても、新生日本の建設に向けた明確な主張を持った組織なのである。政党がみんなその場しのぎの無原則な集団になり果てたら、真っ暗闇のなかで国民は何を手掛かりに進んでいったらいいのか。
「中央公論」 2002年3月号

老後
残り少ない人生だもの。レールさえ敷かれれば、僕がもう前線に立つ必要はない。碁を打ったり青い海で釣りをしながら楽しく生きなくちゃ。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)


●田中角栄
田中のおやじ(田中角栄元首相)は、もともと貧乏な家の出身で、僕の感覚にぴったりだった。だから、自分から田中さんを訪ねていった。当時は官僚出身の佐藤栄作さんが首相で、長期政権が続いていた。その後、田中さんが佐藤派を引き継いだ。しかし、僕は官僚に対する反発のようなものが田中さんとマッチしていましたね。
朝日 論座 11月号 2005年10月5日(水)

田中さんはその時代の人ですよ。官僚をうまく使いこなした。パッと先を読んでいろいろ考え、ピュッピュッとやってしまう。それを官僚も大歓迎した。官僚や世間の人が考えることを先読みして行動する政治家だった。だから、いかにも官僚を使ったように見えた。しかし、官僚の考えている政策の基本路線から外れることはしなかったですよ。
朝日 論座 11月号 2005年10月5日(水)
要するに田中先生は、戦後体制の中の一人だったということです。田中先生が活躍した時代はそれでよかった。田中先生はほかの人たちより活動的だし、先を読めるし、とても大衆受けする。政治家としての能力をものすごく持っていた。だけど、体制を壊そうとした人ではない。僕は体制そのものを変えようとしている。だから、僕にとっては反面教師だね。
朝日 論座 11月号 2005年10月5日(水)


●選挙
ぼくはいつも言うんだけど、郡部は自民党の票田みたいにみんな思っているが、それは間違いです。都市も農村も住民の意識は変わらない。ただ、いろんなしがらみが都会より郡部のほうが多いから、自民党が強そうに見えるだけ。ところが、民主党は都会の風だけを頼りにして、農村漁村に踏み込んでいかない。結果としてますます郡部が自民党の票になってしまう。山形であれだけ短い選挙運動期間で、結構評判のいい現職に肉薄するんですから、本気にやったら絶対勝つ。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)

ただ、自民党も今度の総選挙では死にもの狂いになりますよ。候補者を取り替えてきます。若く元気な、いい青年が出てきたら、今の民主党では自民党に勝てない。風頼みだけでは勝てない。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)



●憲法
日本は大日本帝国憲法から日本国憲法へと、古い言葉でいえば国体が変わった。ただし、現憲法は明治憲法と同じ君主制を実質的にも引き継いで、立憲君主制なんですね。そこを抜きにして、例えば首相公選制がいわれる。いわゆる大統領制ですが、高名な政治家でさえも、象徴天皇制の論議を全然しないで、直接選挙の大統領制にしたほうがいいという話を平気でしている。
第1条の持つ意味は、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴として、日本国民にかわって、あるいは日本国民の名においてという言い方もできるんですが、国の基本に関わる国事行為を行なうことにある。
大日本帝国憲法が歪められたのは、「天皇は陸海軍を統帥す」という条項があって、軍人は統帥権は独立していて、政治とか内閣とは関係がないという論理で無茶を通したからです。しかし明治憲法にも、天皇大権について「内閣の輔弼の責任」と明確に書いてあった。現在の日本国憲法でも、国事行為は「内閣の助言と承認」となっている。
だから、明治憲法も、統帥権を含めて天皇大権はすべて内閣の輔弼の責任であると、もう少し具体的に書かれていたなら、統帥権の問題も生じなかったし、現在の憲法と同じだった。もちろん、基本的人権などその他の部分は違うけれどもね。戦前の軍人による悪用は別として、立憲君主制とは、国民が執行者として選んだ内閣の責任において、天皇が、戦前でいえば天皇大権を、戦後の日本国憲法でいえば国事行為を、国民の名において行なうという政治の仕組みです。それが厳然としてある以上、立憲君主制をやめて共和制にするというのであれば、また全然別の議論だけれども、それを除いてこの国の形態を、特に政治の仕組みを論ずることはできない。
週間ポスト 05年1月1・7日号 2004年12月

僕は憲法について固定した観念は持っていません。憲法は、我々が社会を構成して、我々がより良い生活を送るためのお互いの約束であり、その最高のルール、一番の基本となるものです。世の中が変わり、時代が変わって、そのルールが合わなくなったら変えるのは当たり前。しかし、自民党は新しい時代の理念、あるべき国の姿を真剣に議論しているとは思えない。20世紀の歴史は何だったのか、だからこの21世紀はどうあるべきなのか、そのためには日本はこうすべきだという理念がまずなければならない。そのためには憲法も変えなければいけないというのなら分かりますが、これまでの憲法論議はそうではない。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

9条は、正当防衛以外の自衛権の発動を禁止していると解釈できます。「自衛」と「正当防衛」は英語ではself-defenseと同じですが、別な言い方をすると、急迫不正の侵害、もしくは本当にこのままでは日本の侵略につながることが明らかな場合も含んで、日本が攻撃を受けた場合にのみ自衛権の発動が許される、ということです。
それ以外の、日本に直接危害が及んでいない事件について、日米が共同してどこにでも軍事力を展開できるというのは、完全に9条に抵触する行為だと解釈しています。9条によって、当然、自衛権は集団的であれ個別的であれ制約を受けている。
古今東西の歴史を見れば明らかだが、集団的自衛権であれ個別的自衛権であれ、「自衛権」の拡大解釈によってすべての戦争が起きています。集団的自衛権を日米同盟という基軸でとらえ、米国と一緒なら世界中どこにでも行けるというのは明らかな間違い。また、個別的自衛権について、日本人もしくは日本の財産、権益が侵された場合は、どこにでも軍隊を派遣できると解釈するのは、昔と同じ過ちの元です。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)


●天皇と内閣の関係
もっと大きな問題を例にとって天皇と内閣との関係を考えてみると、昭和天皇は内閣の意思を無視して、もしくはそれに反して、いわば形式的な権限である天皇大権を活用して終戦の詔勅を出したわけです。しかし、昭和天皇の言動をみると、それはやってはいけないことだと教わってきたはずだね。天皇はあくまでも内閣の意を受けて行動しなきゃいかんと思われていた。それが民主主義、立憲君主制、立憲民主主義の筋道であるということを、昭和天皇ほどよくわかっていた人はいないのではないか。
しかし、昭和天皇は敢えて、その筋道に反する行動をとった。それで日本は、国が焦土となるのを避け、何百万人もの国民の命を守ることができたけれども、その決断は大変悩まれたと思う。大きな国の命運と国民の状況を考えた、すばらしい決断だったと思いますね。
立憲君主制の筋道からいえば、天皇がそういう決断をしてはいけないんだね。内閣が事態を収拾できず、その結果、国民全員が死んでしまおうが何しようが、国民が選んだ内閣の責任なんです。天皇陛下はそういう政治的な責任を負う必要はない。戦時中の内閣が果たして、国民の総意を受けた内閣かということもまた問題があるから、いろいろな意味で大いに評価される終戦の詔勅だったと僕は思う。
週間ポスト 2005年1月1・7日号 2004年12月


●靖国問題
唐家旋が「A級戦犯」というから、僕は「戦争犯罪人という言葉は勝者が敗者を一方的に裁いた結果のことだから絶対受け入れられない。それは本来、日本国民が自ら裁くべき人たちだ」と反論した。そのうえで、「靖国は戦場で倒れた将兵を祀るところであり、それ以外の理由で、政治的理由で命を失った人たちは靖国に祀られるべきではない」と述べた。どうしてもその人たちを顕彰したければ、乃木神社みたいに別なものをつくって祀ればいい。
週間ポスト 2005年1月1・7日号 2004年12月

集団で行くところじゃないよ。先祖の霊を弔うも戦死者の霊を弔うも、お国を愛するも何するも、それは個人の問題です。小学生を連れて歩くみたいに国会議員がぞろぞろと行くのは、僕は賛成じゃない。
週間ポスト 2005年1月1・7 日号 2004年12月

そもそも靖国神社は戦争で傷つき倒れ亡くなった人を祀るところです。政治的責任を追及された結果、死に至った“戦犯”と呼ばれる人たちを祀る場所ではない。合祀されるまでは、総理大臣どころか天皇陛下も参拝していた。その本来の靖国神社に戻すべきです。そうすれば問題はない。中国の要人にそう言ったら、彼らも文句なしだった。尖閣諸島のことも言ったんです。歴史的に琉球王朝に属した島であって、君たちとは何の関係もない。これだけは早く解決しなきゃダメだ。我々の政権になったらやるよ、と。
SPA 8月30日号 2005年8月23日(火)

家族愛、隣人愛、地域愛、祖国愛というものは、みんな人間の心のなかに芽生えるものです。だれが何をいおうと、本人がそう感じないかぎり、意味がない。靖国神社参拝も、何日にみんなで行かなければいけないなどという形式だけでは駄目です。自分がそういう気持ちになったときに行けばいいし、桜見物しながらいこう、というなら、それでもいい。自然に心のなかで育たなければ祖国愛なとは出てきません。
月刊「政界」 10月号 2003年9月12日(金曜日)



●民主主義
民主主義というのは、その人を選んだ以上はその人に任せる。ただし、それは独裁じゃないんだから任期がありますよと。その任期でもって有権者が判断するということなんですね。リーダーシップを何も発揮せず、消極的でなきゃ決まらないのが民主主義だというのは、日本だけなんですよ。
僕は民主党との合併のときにも、自由党と民主党とでは文化が違うかなと、後で思ったんだけど、民主党はまだ自民党的文化、日本的文化を色濃く残している。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)


●リーダー
トップダウンが一概に悪いわけではない。トップが、理念や哲学をちゃんと持っていて、失敗した際に責任を取れるならね。しかし、民主党の場合、それ以前に、議論ばかりしてないで、結論を出すことの重要性に気付かないといけない。角が立たないように玉虫色に、難問を先送りし、コンセンサスを形成する。これは日本的民主主義であって、真の民主主義ではありません。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

日産の社長、カルロス・ゴーン流を学ばなくてはいけない。「私は改革をこのように進める。それができなかったら、責任とって辞める」この一言をズバッと言うことこそが、欧米流の民主主義の神髄です。今までは日本的民主主義で済んできました。しかし、グローバリゼーションの中、それでは立ち往かなくなっています。幕末と同じ時代背景なのかもしれない。
週刊現代 11月29日号  2003年11月17日(月)

政治家としての強さは、自分の責任でキチンと結論を出し得るか否かで測られるものです。それができれば、わざわざイメージで強さをアピールすることはない。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

価値観の崩壊が進んでいる中でリーダーシップを取ることは、やはり政治家の責任です。しかもこの時代だから、政治家にはそれなりのスケールが求められる。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

日本はもともとリーダーが出にくいコンセンサス社会ですが、特に戦後はリーダーの立場にある人たちが、それなりの汚れ役というんですか、指導性といってもいいけれども、それを全く果たさなくなった。今の例でいうと、「さぞや痛かったでしょう」と、リーダー自身が平気でいう。結局、みんな総無責任になった。
社会のリーダーたる人たちがリーダーとしての責任を果たしていないし、国民もリーダーとしての厳しい職責を実行しているということを認めようとしない。それで両方とも無責任になっちゃって、混乱した社会になってるんだと思う。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)


●日本論
個の自立が一番大切なことです。必ずしも2000年ずっとそうだったかどうかは別にして、日本の伝統的社会、何となく受け継がれている風土とか国民性においては、公を際立たせないことが美徳みたいにいわれてきたから、リーダーは認めないし、自己主張もない。みんな玉虫色で、難しいことは先送り。リーダーさえ一つも発言しないということがまかり通る。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

西洋のキリスト教的な哲学は、すべてのものが人間のために存在するという感覚でしょう。それに対し、我々の東洋思想は、自然の中の人間という捉え方をしている。今後、環境というものが最大の問題になった時には、自然あっての我々の存在、人間も自然の中の一つという考え方、思想が新しい時代の考え方としてアピールできると思うんです。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

日本人はそんなに信心深くないから。ただ、ちょっとアブノーマルな状況と結びつくと、日本人は途端におかしくなっちゃうでしょう。戦前の五・一五、二・二六事件(※)から戦争になった時は、国民みんながかなり異常になった。そうなった要因の一つは不況ですが、直接的な引き金になったのは東北の飢饉です。あのとき、僕の地元の役場は、「娘を売る時は役場に相談するように」という回覧板を農家に回した。そのぐらい厳しい、食うに食えない状況だった。その結果、「(青年将校たちは)おれが死んででも、あの悪いやつを倒してやる」と決起した。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)

諸行無常という仏教の観念は、人間は大自然の中での一こまという「流れの世界」だから、キリスト教的世界とは根本的に違うと思うんです。人間も自然の中の一つである、一存在に過ぎないという仏教的な考え方は非常に有効だと思います。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)


●日本の役割
東西冷戦が終わった時、これで世界に平和が来ると喜んだ人たちが結構いた。しかし、国家間の大規模な戦争は大量破壊兵器などの発達によってできなくなったが、地域紛争はむしろ増えています。人間の歴史は、戦争の間のつかの間の平和か、平和の間の戦争か、とよく言われますが、争いの繰り返しであった。私たちの世代が継承した近代国家も主権国家として、それぞれの国家がそれぞれの利害を主張し、交渉でダメなときは力ずくで争ってきた。それが実に20世紀まで続いてきました。古い主権国家論を展開していたのでは、いつまでも争いはなくならない。主権国家万能的な考え方から脱却して、「共生」あるいは「共存」の考え方を共有し、実践しなければいけない。それは人と人との共生と、人と自然(地球環境)との共生という、二つの側面がありますが、21世紀はその二つを実現する時代にしなければならない。そのためにこそ、西洋文明にありがちな、強いものが生き残るといった、あるいは万物の霊長たる人間のためにすべてが存在するといった、独善的な考え方でない日本人の良さを発揮しなければならない。21世紀の平和の哲学、共生の哲学を日本から発信するという志を持ちたい。先ほど山口先生がおっしゃったように、アジアの戦争の後始末と同時に、未来への構想、ビジョンを先導的に打ち出すことが、日本の21世紀の役割ではないかと考えています。
プレス民主 137号 2005年12月9日(金)


●日米関係
じゃあ、「日米英、3国並んで戦線に行け」といいたい。賛否は別にして、それなら話はわかる。それが同盟というものでしょう。同盟とは、対等の関係であって、自分だけ口先でままごとやって得しようというのは、同盟じゃない。軽蔑されるだけなんです。当初いわれていた、危険でないところに行くという発想自体、どうかしてるんですよ。じゃあ何で軍隊を出すのか。危険だから、軍隊が行くわけでしょう。
週刊ポスト1月1・9日号 2003年12月22日(月曜日)



●自衛隊派遣(PKO)
PKO(国連平和維持活動)、PKF(国連平和維持軍)までは自衛隊を出しますとなっている。じゃあ、国連決議による多国籍軍はどうなんだというと、そこはいってないわけです。自由党は多国籍軍にもちゃんと出すといっていた。だから僕は、そこをあいまいにしちゃだめだよといったんですよ。あいまいさの中で、自民党と同じようになっちゃうから。きちんと最終の結論まで出しなさいと。
週刊ポスト1月1・9日号 2003年12月22日(月曜日)

原理・原則だけでもいいんですよ。そこがきちんとなっていれば、あとは、政治的にこの内閣としては派遣するかしないかは政治判断でいいんです。憲法上、自衛隊派遣は許されないんだという見方があることが問題なんです。内閣の政治判断が正しいかどうかは、国民が選挙で決めるんだから。
歴代政権のように、憲法上できないといいながら、兵隊は送ります、ではだめだというんですよ。もっとしっかりしたルールと原則を持たないといけない。軍隊を動かすというのは、政治の最終の手段なんですよ。武器を持って、敵を倒すための集団なんだから。それをいい加減に、金もうけの口上みたいなことをいって動かしちゃいかんと僕はいうんです。敗戦の歴史からもよくわかるとおり、ままごとするからだめになる、というのが僕の理論です。
週刊ポスト1月1・9日号  2003年12月22日(月曜日)


僕の考えは、「国連決議」があれば自衛隊を出す。決議がなければ出さない。だから、僕だったらアメリカにはっきり言いますよ。「国際社会の合意を取れ」と。合意がなければ、アメリカだろうがどこだろうが、自衛隊を「特定の国の戦争」に出したりはしません。逆に、国際社会の合意があるのならば、たとえアメリカが行かなくても日本は行く。つまり、(国際的合意がなかった)ベトナム戦争には行かない。しかし、(合意があった)91年の湾岸戦争には、堂々と出動する。
FRIDAY 2004年2月27日号

憲法上は問題ない。むしろ、平和憲法の理想どおりです。国連が行使する制裁行為は、(憲法解釈で問題になる)個別の国の自衛権発動とは別次元のものです。警察官のことを考えてみると分かり易い。警察官は、自分という個人を守るために捜査や逮捕をするわけじゃない。「社会を平和に」という国民の負託にしたがい、拳銃を持って秩序を維持する。同様に、国際社会で“泥棒”が現れたら、みんな(国連)の合意で取り締まる。それは「国家の自衛権の発動」には当たりません。
FRIDAY  2004年2月27日号


●二大政党制
僕は、日本の二大政党をこう描いているんです。一方は、自民党に代表される日本的コンセンサス社会と平等を基本の政治哲学として持つ、ある意味で内向きな政党。もう一つは、公正さをより重視し、もう少し外向きで、多少自由の範囲を広げる政党。この理念・哲学の対立する二大政党が政権交代することで、日本は時に応じて内向きになり、あるいは外向きになる。もちろんそれは程度の問題ですが、そういう二大政党の政権交代が理想的だと思います。
小沢一郎前副代表×山口二郎北海道大学教授「戦後政治の到達点と課題」プレス民主137号

内向きなコンセンサス社会、つまり日本の伝統的な社会を色濃く残していこうという基本的な哲学を持った政党。もう一方にもっと外にも内にも開かれた、オープンで自由な社会にしようという哲学、理念を持った政党。この二つが対立軸になって、政権交代しながら運営していくといいんじゃないかなと思いますね。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)


●政治主導 
我々の祖先は明治維新をやった。今の体制から我々の民主党の目指す社会への変革どころじゃないわけ、それは。
その大革命の歴史を日本人は持っているし、そうした資質を僕は信じています。やればできる。いつまでも過保護にしているからできないだろうと思っているだけ。
そう思います。
月刊「現代」 10月号 平成15年9月5日(金曜日)

優秀な役人ほど、僕の考え方に賛成してくれると思いますよ。役人を上手に使わないと霞ヶ関改革はできませんね。さて、どの役人を使うか。具体的な名前は言えませんが、僕の志や理念を理解してくれる優秀な役人は、各省庁にいると思っています。志のある官僚を揃えて、政治主導で改革を行う。そうすれば、明治維新のように国が変わり、国民の生活が変わる。国民が主役の政治が、初めて機能し始めるのです。
日刊ゲンダイ 2008年10月14日(火)


● 政策決定 
議院内閣制というのは、大統領制とは違って、実は完全な三権分立ではありません。政府・与党が立法と行政の両方を事実上支配するわけです。ところが、日本では戦前から戦後今まで、議院内閣制をとっているにもかかわらず、与党と内閣は違うものと位置づけられてきたんです。要するに、政策決定の場は与党になっている。本来は内閣ですよ。しかし、行政はすべて官僚によって押さえられていますから、国民からみれば与党は何をやっているんだという批判をあびるから、与党は政調というかたちで政策決定をしているふりをしている。
月刊「現代」 10月号 2003年9月5日(金曜日)


● 国会改革
国民の目にすぐ見えるようなことを実行しなければいけないと僕は言っているんですよ。例えば、国会の委員会から役人を追放しますBそれによって政治家が本当に自分で勉強して自分で質疑応答をやるようになる。恐らく最初はいろんな珍問答、珍答弁があると思いますがそれでもいい。最初からうまくいくはずがないんです。だけど政治家が自分の言葉で質疑をやるようになれば、必ず国民の関心は高まります。国会中継だって、NHK以外に民放だってやるようになるでしょう。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)


●地方分権
政官業の癒着の原因となっている個別の補助金を廃止する。地方自治体にお金をあずけますから、自分たちで自由に考えて使ってくれと。これも非常にわかりやすい改革です。まずこの二つをやりたい。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)

たとえば補助金の廃止ですね。「少なくとも、金によって地方を支配するやり方はよくない。これが腐敗を生み、そして、政官業の癒着となる。腐敗をなくすと同時に、地方分権を確立するために個別の補助金はやめます。みんな一括して自主財源として交付します」という公約なら、すぐにわかると思います。
月刊「政界」 10月号 2003年9月12日(金曜日)

今、国と地方の行政経費はトータルで150兆円もかかっていて、そのうち補助金に関係するものが3?4割もある。地方分権で無駄を省けば、財源は容易に捻出できるんです。地方分権のもう一つのいい面は、霞ヶ関だと一般国民の監視が行き届かないけれど、地方だと市役所の話だから住民のチェック機能が働く。
2007/12 /25発売 扶桑社『週刊SPA!』 1/1・8号


●地方政治
全党相乗りはダメです。日本では「みんなでやるのがいい」みたいな傾向があるけれど、100%全員の主張が同じなんていうのは宗教か独裁国家。むしろ競うことによっていい政策が出てくるし、緊張感も生まれる。
2007/12 /25発売 扶桑社『週刊SPA!』 1/1・8号


●農業政策
僕は、農業を国全体の社会政策から、自然環境の維持などの観点も含めていろいろな面から見ているんですけれども、これからは、産業としてもやる気になればかなりいい線いくんじゃないかという気がしていましてね。無農薬とか有機栽培とか、そういう形でかなり競争力も出てきている。だから、農業自体にとっても、本来の自然に帰ったほうがいいと思ってるんですね。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)


●自然・環境
今、多くの原生林は営林署が荒らしているし、里山は入る人がいなくなって、荒れ果てている。そこを、ちょっとずつみんなで手入れしていくようにすれば、お年寄りだってできる。山が荒れた原因の一つはプロパンガスと灯油の普及です。それまではみんな、薪を拾ったりしてたでしょう。それから炭を使うことも、茅葺き屋根にすることもしなくなった。山に入る人がいなくなった。それが自然といえば自然かもしれないけれども、人間と共生している自然ではなくなってしまった。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)



●参議院
そのためには、参議院は選挙をさせちゃいけないんですよ。選挙をすれば、議員は絶対的に利害の代表になっちゃう。今のような参議院はなくしてもいいんじゃないかと思います。置いておくのなら選挙をしないで、各分野の見識のある人に参議院議員になってもらったらいい。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)


●テロ
テロが生まれる背景には、現世否定を現実に作り出しちゃうような社会の矛盾が存在している。例えば、アラブ社会の中にはものすごい貧富の差、階級差が存在していて、サウジアラビアなんかでは、金持ちは何十人もカミさんをもらう一方で、一生独身で過ごす人がいっぱいいるといった、信じられないようなことが現実にあるわけです。そういう社会は先生がおっしゃったように、どうせ神に召されるという思想と結びつくとテロに結びつきやすい。しかし、政治の場から考えると、そういう人をつくり出してしまう社会をどうすればいいのかということになる。
週刊ポスト 5月7・14日号 2004年4月26日(月曜日)


●教育
一つは教育。といっても子供のしつけ。鳥の親は、最初は子供にえさを与えますが、子供は自分で食べられるようになっても、親のあとを追い「えさをくれ」とチイチイ鳴く。でも親は見向きもしない。クマでもそうですが、自然界では生きていくための術を教えたら、あとは自分でやれと追い払う。大きくなれば自立していくんです。人間だけですよ、いつまでも「かわいい」などとやっているのは。もう少し自然界に学ばなければ。人間が畜生に劣るようでは困ります(笑)。
桜門春秋 2005 春季号 2005年4月1日(金)

教育というか、人づくりというのは、今から始めてもワンジェネレーション、三十年はかかると思っています。僕に言わせると、日本は三世代、駄目なんです。要するに大正末生まれの人たちが、ちょうど敗戦の時に二十歳前後。自分たちが教えられてきた価値観が敗戦によって否定されてしまった。だから子供たちにどう教えていいか、分からなくなってしまったんです。その人たちの子供が戦後のベビーブームの時期に生まれた。それが第二代です。今の若者は、その人たちの子供。三代続いているから、日本は人づくりが大変だと思います。
桜門春秋 2005 春季号 2005年4月1日(金)


●消費税
消費税を巡る議論の大きな間違いは、現在のシステムを全て前提にして議論していることだ。その前に、官僚から金と権限を取り上げることが先決なんだ。
まず、地方自治体に対する個別の補助金はすべて廃止して、地方に一括して交付する。地方は自主的に使えるお金なら、現在の補助金の8割もあれば十分だという。僕はもっと少なくてもやっていけると思うがね。今は、とにかく中央省庁のいう通りのメニューに従って、行政サービスであれ建物であれ、不要なものまで全部やらなければならない。そうしないと補助金がもらえない。だから、必要なものだけを自分の判断でやっていくなら、金額は2割少なくなってもいいという。そうすると、大ざっぱだけれど、20兆円の補助金のうち4兆円が浮く。
それから特殊法人、独立行政法人などに対する補助金やら特会(特別会計)を廃止する。ここでも最高4兆円が不要になるんだけれども、少なく見積もって半分にしても2兆円。それだけで6兆円も浮くわけだ。だからまずそれをやろうと主張している。それでもなお足りなければ、消費税を上げるしかない。多くの人は、補助金の廃止や国の仕組みを変えることなどできっこないという前提に立って議論しているからおかしいんですよ。
週刊ポスト 10/27号 2006年10月


●国民も意識改革が必要
政治家としては言いにくいことでもあるのだが、あえて言う。意識改革は国民にも必要だ。これは現在を生きているすべての日本人一人ひとりに突きつけられた課題であって、誰か他人の問題ではない。
「中央公論」 2002年3月号


● 政権交代
政治の責任も大きい。しかしこれまでは、国民自身が自分の努力によって、あるいは選挙変えていくという政治ではなかった。その意識が、国民の中にも育っていなかった。
だから、政権交代が普通に起きるということが、あらゆる日本人の意識、心に大きな変化をもたらします。いまなら、誰が政治をやっても同じだということでしょう。食べるに困る人がいないから、ということもあるけれど、どの党が政権取ろうが、誰が総理になろうが関係ないと思っている。だけどそうでないという事実をつくれば、自分たちの投票によって世の中が変わることがわかる。それが日本人の意識改革につながると思います。
月刊ボス 11月号 2003年9月22日(月曜日)

ほんとに。やっぱり一度権力を変える以外にないんですよ。改革はそこからスタートする。改革というのは自己努力を必要としますから、どうしても億劫になる。ましてや日本人は、変革嫌いだから。僕はそういう意味でも、何とはなしにでも何でもいいから、とにかく一度政権を変えてみることによって、道が開けてくるんじゃないかと思っています。
週刊ポスト1月1・9日号 2003年12 月22日(月曜日)

日本人にはこれまで、政権交代というもののイメージがなかったと思います。ちょうど、幕末の頃、徳川幕府が倒れるなんて誰も想像できなかったようにね。自民党政権が余りにも長く続いてきたからです。しかし、最近は変わってきた。国民生活が圧迫され続けたうえに、不景気の物価高。年金も医療もダメで、役所は腐敗だらけ。国民もようやく、自分たちで政治を変えようと考え始めたのだと思います。
国民だけでなく、野党の政治家もそうです。薩摩と長州がケンカしていては始まらない。大同団結しなければ、自民党という幕藩体制は倒せない。幸い、野党は民主党に集約してきて、民主党内も一つになった。決戦の態勢が整ったわけです。
日刊ゲンダイ 2008年10月14日(火)

何が何でも政権を取るという、肝心のところがいい加減だからいけない。とくに一期生、二期生にはこういっています。「いまはまだ、君らが毎日国会に行っても、大して役に立たない。自分の委員会と本会議以外は、地元に帰って、ひたすら歩け。国民は一年やそこいらで結果を出すことを君らに求めてはいない。国民の期待を担って真面目に頑張る人物か否かを見ているんだ」。よく「農村では自民党が強い」というけれど、農家はもう農協のことなんて信用していません。漁村だって同じです。「もう、どんどん突っ込んで行け」とね。
VOICE 2005年10月10日(月)

自民党がえらく勝って、こっちが減ったんだから、政権交代なんか夢のまた夢、ずっと自民党政権が続くと、多くの人が受け取っているようだけれど、全然違う。小選挙区制は僕が作ったようなものだけれど、その目的どおりに機能している。小選挙区制というのは本来こういうものなんです。だから、ブレア首相(英国労働党)は二〇〇以上、保守党に差をつけて地滑り的勝利をおさめたし、カナダの前政権は一八〇の議席が一挙に二議席になった。このように小選挙区制では、得票率以上に議席数が開く。だから政権交代が可能になるんです。
 ただ機能としては狙ったとおりだったけれど、こっちに政権が来なかったことは残念。でも別に悲観はしていない。こっちがしっかりしていれば、その逆の結果にすぐになる。議員数が二ケタにまでなっていたら大変だけれど、三ケタは辛うじて残ったから。
月刊「BOSS」 12月号 2005年10月24日(月)

自分自身が何のために自民党を出て、ここまでやってきたのかと思う。政権交代を実現しなきゃ、意味がないからね。細川連立政権は、非自民政権として最初のケースだから寄せ集めでやったけど、今度は民主党で勝ちます。そうすれば、本当にオーソドックスな政権交代に初めてなるわけだ、
週間朝日 2006年4月28日(金)

家が古くなったら、壊して建て替える。新築したけど手抜き工事が見つかったのなら、安全な家に建て直す。そうやって国民の“住みやすさ”を追求していくのが、政治の役割でしょう。政党だって同じです。僕は現在の民主党が完璧だなどとは思っていませんよ。だけど、僕らがいま求められているのは、自民党政治にストップをかけること。そのために党首を買って出たのだから、党を壊すとかいう話になるわけがない。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

明治維新の時、当初は「徳川幕府と天皇家の“公武合体”でいいじゃないか」という流れがあった。しかし、「やはり幕藩体制という古い建物を残していては、文明開化の世は来ない」という理解が広がって、結局、倒幕に至ったわけです。今もまったく同じ。真の改革を行うためには、従来とは違う政権の登場が絶対条件なんです。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

「いろいろ紆余曲折はあったが、障害を乗り越え、10月に新しい民主党が生れる。各地を回り、『今度こそ自民党に代わる政権政党たり得る野党ができた』という期待感が全国の皆さんの気持ちのなかに生れつつあると実感している。この期待に応えられるよう、新しい民主党が新しい政治を、新しい日本を作るんだという気持ちを一つにして、総選挙に向けて頑張っていきたい」
2003/08/24 札幌で菅代表・小沢党首が共同街頭演説会

「民主党の使命は自ら政権を担い、古いしがらみと利権を断ち切って、本当に新しい日本を作り上げることである。それこそが真の改革であり、民主党にしかなしえない時代の要請だ」
2006年09/25 臨時党大会で代表再選あいさつ



●官僚政治
問題はもたれ合いの構図です。日本社会全体がそうなんですよ。官僚と政治家だけじゃなくて、日本社会全体がその中にいる。例えば、何で政治家が官僚に弱いかというと、官僚を敵にすると選挙が危ないからです。いろんな団体に官僚の影響力は強い。官僚を敵にしちゃ選挙できない。怖いんですよ。だから結局、結びついちゃったほうが楽でいい。
だから、そういう体質の中で、それをぶっ壊すというのは、自分の命も絶つ覚悟をしないとできないわけです。政治家と官僚だけじゃなくて、一般国民もその中で食ってる人がいっぱいいるわけだから。
週刊ポスト 12月19・26日号 2003年12月8日(月曜日


●戦後政治
戦後政治は結局、冷戦構造、米ソ二大陣営という世界的な枠組みの中で終始し、日本はさらに、アメリカの戦略の範囲内、温室の中で育ってきた。良くも悪くも本当の意味での政治は日本の戦後にはなかった。つまり、国民の代表たる政治家による政治の決断は、ほとんど必要がなかった。得たものの配分が政治のすべてとなり、配分権を持つ役人が全権力を握ることになったのは必然の結果だと思う。
プレス民主137号 2005年12月9日(金)

自民党と官僚による戦後政治は、冷戦構造の崩壊後、機能不全に陥り、あらゆる制度が改革を迫られています。ところが、自公政権の下では、抜本的な改革は全く行うことができず、政・官・業の癒着の中で、「強者の論理」「弱者切り捨て政策」がまかり通っています。
その結果、所得、雇用、教育、福祉など、あらゆる面で格差が拡大し、地域間、企業間、個人間の格差がどうしようもないほど広がってしまいました。日本は最も豊かで平等な国でしたが、いまや最も格差のある国になり果て、日本社会は根底から覆されようとしております。
2007/01/16 【定期党大会】小沢一郎代表挨拶


● 自民党政治
自民党政治イコール利害調整でもあるわけね。それを構成する派閥も、ポストや資金や票を配分することによって、すべての機能が安定していたわけです。それは、右肩上がりの経済成長と、東西の冷戦という政治的な環境があって初めて成り立っていたことでした。しかし、それはもう望むべくもない。冷戦構造の崩壊によって自立を求められている。経済も、ずっと高度成長なら、日本的な護送船団のボロも膿も出ないで済んだけれども、高度成長がなくなったら、いろんな矛盾がどんどん飛び出してきているというのが今の問題の核心でしょうね。
政治、経済のあらゆる面で、そういう利害調整型のやり方が機能しなくなったということです。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)

政官業のトライアングルという言い方でもいいし、コンセンサス政治、あるいは護送船団方式という言い方でもいいけれども、そういう自民党的な政治では、もうやっていけない。それが現実として、表われている。それを小泉さんの言葉でもって、今、一瞬、目くらましされ、カムフラージュされているんだよね。何とはなしの改革というベールで、全部覆い隠されているから、それだけに危険だね。国民もわかってはいるんだけど、何とはなしにちょっと期待するでしょ。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)

それは、一つには野党の責任でもあるんですよ。国民は、かなり正体を見破っていると思います。小泉の正体だけじゃなくて、自民党の現実の姿に気付き、そして、このままではだめだという意識は、かなり頭の中にあると思うんです。かといって、まだ豊かに食べている段階で、思い切って、政権を変えようというだけの踏ん切りはつかない。そして、自民党に代わって政権をやる相手がいないという状況だったと思う。
ところが、今度の(民主・自由の)合併によって、これならば、ちょっと変えてみてもいいじゃないか、こっちに任せてみてもいいと思い始めた。そういう政党ができたようだなというイメージを今多くの人が持ちかけているんじゃないかな。ワーワー、キャーキャーという人気じゃないんだけど、いろんな国民が、合併する我々の新しい党に対して、何となく安心感と安定感を抱き、それで、まあ政権を担ってもよかろうという期待感を持つようになった。それがジワーッと広く出てるような感じがします。
週刊ポスト 10月3日号 2003年9月20日(土曜日)

日本は、長いこと特殊な政党が多数の議席を占めてきました。内向きでクローズドで、余計なことには手を出さないで、日本人だけで仲良くやっていこうよ、という政党です。ただ、時代の変化に応じて、外向きでオープンな政権をつくろうという政党も必要なのではないでしょうか。具体的な政策がどれほど違うかは別として、民主党と自民党で、理念はものすごく違います。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

自民党という政党の性格からして、その内部にいる限り、現在の官僚機構に頼って生きるしかないのです。自民党に改革は絶対にできません。国民が本当に改革を望むとき、誰をリーダーに迎えるか、自ずと答えが出るはずです。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

戦後保守政治の哲学といわれる吉田ドクトリンは、長い間、自民党のみならず、官僚、企業、さらには一般社会にまで浸透し、日本人全体の考え方になっていた。具体的にいうと、日本はアメリカの占領体制に身をゆだね、難しい政治的課題はすべてアメリカに任せて、自分たちは国内の経済的な復興と繁栄に専念してきた。この吉田ドクトリンという政治哲学のもとで、半世紀以上が過ぎた。
中央公論 9月号 8月9日(月)2004年

自民党は政権の座から落ちた途端に空中分解するはずだ。自民党は政治思想を同じくする人間が集まっているのではなく、権力があるからまとまっているにすぎない。自民党を解体し、そこで一から新しい二大政党をつくり上げていくのが私の最終目標だ。
中央公論 9月号 2004年8月9日(月)

すでに自民党の命運は尽きている。五五年体制を引きずって、いまだに利権漁りをしているだけだ。問題が生じても、どうしていいかわからず、解決を先送りするばかりだから、とうとう化けの皮が剥がれた。
中央公論 9月号 2004年8月9日(月)

政治家がまず、明確にビジョンを示すこと。自民党はそれをやらずに、役所と癒着してきた。役所は選挙で当選させるほどの力はないが、落とす力はある。それで、持ちつ持たれつの関係になったのです。
日刊ゲンダイ 2008年10月14日(火)

民主党が自民党と違いがなかったら、存在する必要がないでしょう。岡田前代表は、ほとんど自民党と同じ考え方だった。だから負けたんです。いまだから話すけれど、私は彼に「自民党と政策がダブるようなら民主党は要らない」といっていました。与野党が足並みを揃えてうまくいく時代なら、それも分かりますよ。自民、社会の五五年体制はまさにそうだった。両党間の対立なんか本当はなかった。それは当事者だった私がいちばん知っている。亡くなった江藤淳さんが「地下茎ですべてつながっている」といったとおりで、だからのちに自社さ政権ができた。本当に対立していたら、連立できるわけがない。そこを岡田君以下、みんな勘違いしている。
VOICE 2005年10月10日(月)

自民党もかつての社会党も、「日本的なもの」です。表向きは違うように見せ掛けていたが、化けの皮が剥がれて、弱いほうの社会党が潰れた。いまに自民党も潰れるでしょう。彼らの政治は、談合政治、コンセンサス政治、護送船団方式など言い方はいろいろあるが、要は仲間同士でうまくやろう、という考え方です。外交政策もできるだけ内向き、閉鎖的にして、日本人社会を守ろうとする。それは日本的民主主義であり、そのすべてが間違いというわけではない。
VOICE 2005年10月10日(月)



●小泉政権について
小泉さんには自民党的と言うよりも、日本人的良心がまったくないし、そこが異常なんです。例えば、森喜朗(前首相)さんだって、あまりの支持率の低さに、「申し訳ない。人気ないから辞めよう」と責任を感じるわけですよ。しかし小泉さんの場合、「何もしなくて、何が悪いんだ。公約なんか、守らなくたって大したこっちゃない」と、開き直るんだからね。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

小泉政権は来年夏の参院選までもちませんよ。自衛隊員の命は、小泉首相はじめ誰も保証できない。企業はリストラで収益を上げているだけで、景気が上向いているわけではない。金融機関も相変わらず不良債権の山を隠していて、破綻寸前の銀行がいくつもある。要するに、構造改革なんてちっとも進んでいないんです。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

やるならやる、やらないならやらない。そしてその理由をキチンと言う。極めてシンプルなことです。信念があるなら、小泉さんは中国のトップの前で、「オレは誰が何と言おうと、靖国神社に行くんだ。中国に文句を言われる筋合いか」と言えばいい。自らの信念に基づいて、理由をきっちり説明できればいいんです。あとは国民がどう判断するかです。それをいつも、説明なしでごまかして、卑怯なやり方で実行する。自衛隊のイラク派兵も同じ手法です。

総理としての資質と見識の問題と、靖国神社の本質は何かという問題、その二つがあるね。靖国参拝問題は、まず靖国神社の本質から考えなければいけないと思う。僕は9月に中国に行ったとき、そのことを唐家旋(前外相)に話した。靖国神社は、そもそもは明治維新の官軍の将兵の招魂社として建てられた。戦いで倒れた将兵を祀るところだから、戦いで倒れた人以外は祀っていない。例えば、有名な乃木大将は戦いで死んだわけではないから祀られていない。
週間ポスト 2005年1月1・7日号

日本自身に世界戦略が全くない。今の小泉政治は結局、人気取りだけ。すべてそこに原点がある。人気を上げるためにはどうしたらいいかしか考えていない。サプライズという言葉が象徴しているように、もう政治じゃないね。すべては自分が総理大臣の座にとどまるための人気取りであり、それに終始しているところに小泉政治の最大の問題があるね。
週間ポスト 2005年1月1・7日号

小泉さんには、国民のための政治という発想が、そもそもないのです。彼の頭にあるのはパワーゲーム、権力闘争だけです。ところがメディアや国民は小泉政治で日本が救われるといった錯覚に陥っている。そこに、今の日本のレベルの低さと危うさを感じます。
 僕は、自民党政治は日本的コンセンサス社会の象徴だとみています。それは本来、平等を旨とした日本的民主主義ですが、小泉さんはそれを吹き飛ばし、強者の論理の横行、勝てば何でもいいという政治にしたのかな、と思います。もう一つ、前にも言いましたが、戦後の日本に本当の意味での政治がなかったということは、裏返せば自民党政治の本質は官僚支配だということです。そこにも小泉さんは何ら手をつけていません。それどころか、小泉政権ではむしろ官僚支配が強まっています。
小沢一郎前副代表×山口二郎北海道大学教授「戦後政治の到達点と課題」プレス民主137号

新聞で読んだけど、総理になれなかったから自民党を飛び出しただなんて、バカ言うんじゃないですよ。自分のレベルと一緒にするなと思うね。僕は自民党にいれば、小泉さんより早く、総理になれていましたよ。あえて、反論するとすれば、次の総選挙で過半数を民主党がとって、いよいよ政権をとれるというときに、僕は総理になんかならないで、(民主党)代表をやめたってかまわない
週間朝日 2006年4月28日(金)

小泉さんが変わり者だということはみんな知っていた。ただ、変わってる人だとは思っても、まさかあそこまで非情に徹するとは思わなかった。要するに、日本人的心が全くないんです。利用するだけして、スパッスパッと、人を切っちゃう。僕も変わっているけど、僕の何倍も変わっている
週間朝日 2006年4月28日(金)

小泉政治は、自民党をぶっ壊していない。自民党政治とは官僚支配だけれども、その官僚支配は、全然壊れていない。それどころか、官僚機構は規模から言えば、むしろ肥大している。官僚機構の焼け太りだな。特殊法人をみんな独立行政法人にするというのは、完全に官僚支配にするということだ。
週間朝日  2006年4月28日(金)

自民党をぶっ壊したのは、本当は、僕ですよ。僕のせいで自民党は今、ぶっ壊れる過程にある。もう少し、細川さん(護煕元首相)が辞めずに頑張っていてくれたら、完全にぶっ壊せたのに。あと1年持ってくれたら、自民党は完全にぶっ壊れていた。あれは、返す返すも残念だ・・・・・・。
週間朝日 2006年4月28日(金)

「評価に値しない」としか言いようがないですね。この5年間で、日本は良くなりましたか? たまたま、景気が上向いたと言うけれど、それは小泉さんの政策のおかげえではない。しかも、利益の大半は大企業に集中しているのです。日本経済の土台を支える中小企業などにとっては、「景気回復なんて、どこの話だ」というのが実情ですよ。その結果、選挙でも争点に取り上げましたが、日本社会において、「格差」を深刻化させてしまった。この責任は大きい。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

最も罪深いのは、政治に“心”がないことです。たとえば、3年前、彼は国会で「公約が何ひとつ実現していない」と追及されて、「公約なんかどうでもいい」と答弁した。「約束より、俺が今やりたいことを優先する」と開き直ったのです。これは大変なことですよ。なぜかマスコミがちゃんと伝えないんだけどね。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

人間だから、「努力したけど足りなかった」ということはあるでしょう。松坂投手だって、負けることはある(笑)。でも、何もしなかったことを棚に上げて、国民との約束を簡単に反古にするなど、言語道断ですよ。小泉さんの政治は、一事が万事この調子。殺伐とした、無秩序で無責任な今の日本の風潮を、小泉政治が助長した。僕は本気でそう思っています。
婦人公論 6月号 2006年5月22日(月)

為政者というものはいろいろなことを考え合わせて、何が最良の対応かを判断すべきです。小泉首相がいままでやってきたようなパフォーマンスだけで国民の人気を得ようというやり方では、北朝鮮のミサイル問題のように深刻な問題には対応できない。そして、為政者が間違った判断や対応をしたとき、その国家がどうなるかは歴史を振り返ってみるとよく分かるでしょう。日本がそういう間違いを犯してからまだ100年もたっていないんですよ。
論座 9月号 2006年8月1日(火)

具体的に言えば、市場万能主義がもたらした「格差」の拡大ですね。だけど一番悪いのは、非常に利己的で、かつ権力志向、自分の利害のためには友情も約束もないという、非人間的な風潮を彼自身が助長したこと。それこそが、世の中をものすごく悪くしたと思う。
マスコミはなぜか、あまり取り上げないけれどね、3年前に言った「公約なんて守らなくたって構わない!」という発言はひどいですよ。とても指導者ではない。為政者ではない。「約束を守らなくていい」と言っているわけでしょう。人間として、子供になんと教えるんですか。先生の言ったことも、友達同士の約束も守らんでいい、と言うのか。唖然としますよ。でもそれがまかり通っている。日本の病はとても重いと思います。
論座 9月号 2006年8月1日(火)



●イラク問題
あれは、米軍占領下のなかでやっているからですよ。イラクの一般の人達は、国連はアメリカの片棒を担いでいると考えています。アメリカといっしょになってやっているという感じになってしまうから、駄目なんです。アメリカがまちがえているんですよ。
月刊「政界」 10月号 2003年9月12日(金曜日)

アメリカは、政治的には歓迎していますが、実際、腹のなかでは「こんなアホな連中は来なくていい」と軽蔑していますよ。それが、小泉首相以下、与党の政治家も、官僚も全くわかっていない。西部開拓時代の気性が色濃く残っているアメリカ人がもっとも嫌うのは、卑怯者と臆病者です。鉄砲をもっているのに危ないところには行かないなどという臆病者を相手にするわけがありません。小泉さんは、アメリカの機嫌さえとっておけばいいという目先の損得だけでモノを考えている。総理としての見識も、世界観も、哲学も、勇気もない。そんな日本を世界が相手にするわけがない。
月刊「政界」 10月号 2003年9月12 日(金曜日)

小泉さんは、ブッシュ大統領に対して、自衛隊のイラク派遣だけでなく、約50億ドルの復興支援の援助まで約束してしまった。小泉政権の外交の原則はただ一つ。アメリカのご機嫌を取るという一点に尽きます。国策や理念があるわけではない。
週刊現代 2003年11月29 日号 2003年11月17日(月)

アメリカが石油の利権だけを目当てにイラク攻撃をしているとは思いません。ネオコン(新保守主義者)にだって、彼らなりの理想はある。しかし、そのやり方があまりにも拙劣で、唯我独尊すぎる。各国が「イラク攻撃は正しい」と認めて、一緒に行動してくれなければ、それは正義とは言わない。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

最近、知り合いのアメリカ人が私を訪れてきたのです、言ってやりましたよ。
「ベトナムで懲りたはずじゃなかったのか? ぜんぜん学んでいないじゃないか。他国に行って、その国をコントロールしたいのなら、まず各国のコンセンサスを取り付けなくてはいけない。それがあって初めて説得力が生まれるんだ。軍事力だけで事を運ぼうとするから、アメリカの行為は、利権漁りにしか見えないんだ」という具合にね。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

今、日本は世界的にも笑い者になっているし、アメリカからも信用されていない。アメリカのイラク攻撃がいいといってるんじゃないですよ。あれは大間違いだと僕は思ってるし、民主主義のために戦ったなんていいながら、一方では、同じ独裁体制である北朝鮮に政権存続を担保しますなんていっている。アメリカのやり方は矛盾してるんです。だけど、それにもっと輪をかけていい加減なのは、日本のやり方なんですよ
週刊ポスト1月1・9日号 2003年12月22日(月曜日)


●アメリカ
アメリカはいま、政治的に孤立しているから、日本でもどこでも、とにかくサポートしてくれる国に「サンキュー」と言っているだけです。アメリカのエスタブリッシュメントは、日本のことなんかひとつも評価していません。ぼくはそれが、いやというほど自分の経験でわかっている。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)


●創価学会=公明党
民主党の票は、東京をはじめ、大都心でいまひとつ伸びなかった。投票率が低かったから、結果として、創価学会の集票力が効果を発揮したのです。今後、選挙における創価学会の影響力はいっそう増大するでしょうから、国民の選挙への関心を高め、投票率を上げるために何かを打ち出さなくてはならないでしょう。
それにしても、自民党は「創価学会依存症」がさらに強まったね。もはや、自民党は創価学会そのものといってもいい。だって、「比例は公明党へ」って、自民党の候補者が呼びかけているのだから(笑)。
今後、自民党はこのツケを、公明党に支払わなくてはならなくなる。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17 日(月)

公明党はその後、理念より権力の側に立つことを選択して、従来の主張をことごとくひっくり返した。彼らは選挙で自民党の首根っこを押さえつけていますから、自民党は、何を決めるにも公明党=創価学会に慮る必要が生じます。公明党を中に入れたことで、自民党が内側から蝕まれて瓦解する可能性が高いと思います。
週刊現代 11月29日号 2003年11月17日(月)

自民党は滅亡の一歩手前ですよ。選挙で他人の党をよろしくって頭を下げるようなバカな政党なんてありえません。自民党という党自体が事実上なくなりつつある。
公明党自身も、本来の「平和」という主張を捨てて汚れてしまった。そんなもたれ合いは、両党の崩壊を早めるだけです。しかし、公明党=創価学会には政権にしがみついていなければならない理由があるんです。大問題になっちゃうから、ここで具体的には言えませんが。
週刊現代 1月3・10日号 2003年12月19日(金曜日)

このままでは、創価学会も自壊しかねないですよ。言っていることとやっていることが全然違うんだもの。彼らには、権力のサイドにいなきゃならない事情があるんです。だから、こっちが勢いよくなれば、こっちを応援するだろうけどね。でもまあ、そんなのを当てにしてちゃダメです(笑)。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)



●田中真紀子
たしかにいまの政界で、彼女のやり方を理解できる政治家は少ないね。私はその一人だと思っている。関係というほどではないんだけれど、旧竹下派の中で私だけ、オヤジ(角栄氏)の命日に線香を上げることが許されてるんですよ。何でだろう(笑)。
彼女の記憶の中で、私は竹下派というよりは、オヤジの子飼いの議員という印象のほうが強いんじゃないかな。竹下(登・元首相、故人)さんと田中邸を訪れたときは、線香を上げるのを断られましたからね。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

たしかに彼女には独特の力がある。しかし残念ながら、彼女自身、いまひとつ割り切りができない。大衆へのパフォーマンスは最高ですよ。あれでもう少し冷静に判断できるようなら、大いに政権交代の力になる。なんと言ったって小泉政権をつくっちゃったんだもの。その罪も深いけど(笑)。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)


●マスコミ
一番の問題は、「いじめているんじゃないか」といったレベルでしか見られない日本のマスコミ、社会のレベルの低さです。民主主義の未成熟な部分ですね。マスコミは何かというと、政策本位でやらなければならない、政策論議がなされないと言う。しかし、いざとなると、政策の話はどこかへ行ってしまって、「いじめている」「嫌いなんじゃないか」という情緒的な話になってしまう。そういう日本の状況をぼくは非常に残念に思うし、危ぶんでいます。これでは冷静、客観的な判断ができない。
月刊現代 11月号 2004年10月5日(火)

政治家もマスコミも、国民主権というものの認識がなさすぎる。立憲君主制と主権在民は矛盾するみたいに思う人もいるけれど、そうではない。天皇は憲法上は一私人ではなく、主権者たる国民そのものと認めているわけだから、主権者が来て「これから国会を開く。その責任を果たせ」というときに、議員が国会にいないのはおかしい。
週間ポスト 2005年1月1・7日号 2004 年12月

最近は、新聞でも夕刊紙やスポーツ紙のほうが真っすぐに伝えていると思う。大メディアは戦後体制にドップリ漬かっちゃってワンパターンの思考しかできなくなっている。結局、彼らも既得権があるから、自民党的官僚体質を壊したくないんだな。
SPA 8月30日号 2005年8月23日(火)


●民主党議員
党本部がしなければならないのは政策の明確化。そして、個人は日常活動の強化。僕は一期生、二期生の人たちにしょっちゅう言ってきた。「君たち、東京にいたってなんの役にも立たない。君らの役割は次の選挙で当選すること。それが政権に近づくことだから、委員会や本会議のある日以外は国に帰れ」と。田中(角栄)先生もよく言っていましたよ。「地元のこともできないで、なんで天下国家のことができるのか。まず地元をよく歩け。何をみんなが求めているのか、何が彼らの幸せであり、何が悲しみなのか。それをみんなわかってやれ。まず地元に根っこを生やして、地元の人の気持ちをくみ上げ、それを代表できるような政治家になれ。それから天下国家だ」と。
 だから、今度の選挙結果は、民主党にとっていい薬だと思っている。
月刊「BOSS」 12月号 2005年10月24日(月)


●北朝鮮
今、自民党で経済制裁法案を出そうなんていっているでしょう。民主党の一部も「そうだ、そうだ」なんて同調する動きもある。僕は、北朝鮮のような体制の国家には、話し合いだけでけりがつくとは思ってませんよ。強い決意を持ってやらないといけない。どうしても話し合いにならなければ、経済制裁でもなんでもやる決意をしなきゃいけない。
だけど、日本人の意識ときたら、もうまるっきり甘ったれなんですよ。北朝鮮は、もし経済制裁を決定したら、その当事国からの宣戦布告と見なすといっているんです。これは嘘じゃないですよ。戦争が始まるということです。一番徹底した被害に遭うのは、間違いなく日本ですよ。
週刊現代 1月17日号 2004年1月5日(月曜日)

大切なのは、あの独裁国家を爆発させないで、いかにしてソフトランディングさせ、まともな国にするかということです。そのために最も重要なことは、日米で強調して取り組むとともに、北朝鮮に対して最も影響力を持っている中国とも協力し合うことだ。ところが、その中国と首脳同士が直接話ができないわけでしょ。これじゃあどうにもならない。米国は中国の重要さが十分わかっているから、今回も中国と頻繁に接触して話し合っていたでしょう。
論座 9月号 2006年8月1日(火)


●普天間基地移転問題
「下地島には空港があるんだよな」。出席者によると、民主党の小沢幹事長は29日夜、与党3党の幹事長、国会対策委員長らを集めた会合で指摘した。下地島には民間航空会社が離着陸などの訓練に使用する3000メートル級の滑走路がある。この滑走路を活用できないかと提案したという。
日本経済新聞 2009年12 月31日


●小沢一郎の政治理念
私たちは、「共生」を新しい国づくりの理念として、あらゆる面で筋の通った「公正な国・日本」をつくる。そのために、国民一人一人が自立し、国家としても自立することを目指す。
内政では、わが国社会の活力を高め、成熟した経済・社会を維持していくために、自由で透明な開かれた経済・社会の実現を推進する。政府は、市場に直接介入して統制することを最小限にとどめ、公正なルールの策定と運営に当たる。
同時に、自由な競争は、社会の安定を保障するセーフティネットの確立が大前提であると考え、その整備を進めて格差をなくすことを、民主党政治の最重要課題とする。そのためにまず、雇用、社会保障、食料等の面で「日本型セーフティネット」を構築する。それにより、すべての国民の命と暮らしを守り、様々な人たちがともに生き、大多数の国民が安全・安心の生活を送ることのできる社会をつくる。
外交では、先の戦争に対する反省を踏まえて、一つには人間と人間、国家と国家との「共生」、つまり日本及び世界の平和の確保、もう一つは人間と自然との「共生」、つまり地球環境の保全を、日本が率先して進めることを国是とする。
また、世界の国々と相互の信頼に基づく対等な関係を積み上げ、平和で自由で開かれた国際社会の実現を推進する。特に、米国とは対等な真の同盟関係を築き、中国、韓国をはじめアジア諸国との信頼関係を醸成する。
わが国は、自民党による長年の無原則・無責任な政治の結果、今や屋台骨が崩れかかり、日本の良さは失われ、国民の心の荒廃は限界を超えようとしている。しかも、国民の現状不満と将来不安を背景に、極端で偏向した「煽動政治」が台頭し、日本の危機を一段と深刻にしている。
私たちは、このような日本を土台からつくり直し、新しい仕組み、新しいルールを定めることで、日本の良さを保守し、日本が21世紀も平和と安定を続けていける基盤を確立する。その第一歩として、日本を真の民主主義国家にするために、ますます強まっている官僚支配の政治を打破し、主権者・国民の代表である政治家が自ら政策を決定して実行する議会制民主主義を定着させる。それにより、国内においても国際社会においても、安定感のある信頼される「常識の政治」を行い、「普通の国・日本」を実現する。


●改革目標
日本を、筋の通った「公正な国」にする。


●改革理念
総理大臣が主役ではなく、国民が主役となり、暮らしや仕事の現場で自ら改革の担い手になること。
一部の「勝ち組」だけが得をするのではなく、雇用を確保したうえ仕事と生活を両立させ、努力した人が報われるようにすること。
単なる節約や切り捨てではなく、情報化やグローバル化に対応して仕組みそのものを変え、国民の力が最大限に発揮できるようにすること。
日本の伝統と文化が育んできた日本人のよさを破壊するのではなく、それを再生、発展させ、日本に自信と誇りを持てるようにすること。



最後までお読みいただきありがとうございます


本当にありがとうございました。


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「南泉斬猫」と日本禅の奇妙な修行法
以前に掲載した記事ですが、コメントを頂戴しましたので、再掲させていただきます。

2008.10.17 Friday
素晴らしい「風水山道」の世界「五体のものさし」


張明澄先生の関門弟子(最後のお弟子さん)である、山道帰一さんのブログ「風水山道」http://blog.yamamichi.org/を愛読しています。文章が面白い上に、更新が頻繁で、毎日目が離せません。

今日の記事は、『仙道世界』巻4〜「心体のものさし」です。

 只管打坐(しかんたざ)とは、道元禅の特質を端的にあらわした語であり、ただひたすら坐禅すること、全身心をあげて坐りぬくこと以外に、仏法の体得はないとされ、打坐即仏法ともいう。

 しかしながら、禅宗の打坐を見ていると、腰を引き胸を張った姿勢で背筋を伸ばそうとします。それは、督脈と呼ばれる奇経に属する身体の後正中線を流れる経絡の流れを阻害します。

 つまり、身体内を流れる経絡というものを配慮していないことがうかがわれるのである。これが、禅宗と仙宗の決定的な違いで、どちらも、純然と瞑想という点だけで、見るのならば、一切宗教色も、記号類型をも必要としない五術と宗教の範疇に属さない「ただ座る」を主眼にした一つの修練だが、仙道は、経絡理論や人体の構造を医術と併せて修練、瞑想をするという点において禅との相違がある。

 例えば、督脈を流れる気を正しく身体に循環させるために、仙道では調身「含胸抜背」のを重視する。方拉致から、上半身の力を抜き、胸を張るのではなく、含んで背を伸ばすのである。

 腰を伸ばして、胸をすぼめる様にしなければ、人体の構造から、丹田に気が落ちない。胸が前に出すぎると、息を吸いきれないという呼吸法の上でも弊害がある。
 
 つまり、禅宗が正しい心の状態や精神修養を追及するのは、仙道と共通な点だが、そこには明らかに身体に対する配慮がない唯心主義が見て取れるのである。そのため、、臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧である白隠禅師(1686年- 1769年)は、『夜船閑話』で、仰臥禅(寝禅)などを唱えたが、「含胸抜背」無き既存の打坐よりは、健康にも良いものだった。また、その観想法である「軟酥の法」などは、顕著に仙道の技法に見られるものだった。

 つまり、修練と呼ばれる山の頂きに登るためには、禅宗のように、心の問題だけを考慮したと言わんばかりの肉体に流れる血流(精)や、経絡(気)、神経(神経)などの人体生理や機能を無視し、ただ闇雲にただひたすら坐禅することだけでは足りないのだ。

 五体満足という言葉がある。 この「五体」という言葉の中国伝統医学での意味は、「識、神、気、精、力」の五つの人間の本(もと)を指す。

 五体とは『黄帝内経』といわれる唐代に発見された現存する中国最古の医学書の中から出た言葉である。

 「力」―――――┐        
         ├――命・・・体
 「精」―――――┘ 

 「気」―――――┐
 「神」―――――┼――性・・・心
 「識」―――――┘


 仙宗における瞑想とは、心と身体を見つめた性命(心体)双方に基づく、五つのものさしである「五体」が、常に重視されている。

 そのためには、つまらん形骸化した語録を一生懸命読んだり、並べたり、過去の人の残した言葉だけにすがり、現代の生活様式や文化を無視した解釈を試みたりするのでは、人は救われないよ。すがりまくった結果、写真みたいな感じになる。哀れな現代人をたちを写真から見出してくれ。己を鍛えよ!さすれば、他人を頼り、こんな結果にはならない。「心のものさし」という危ない説法とサオに騙されて、肉体まで寄進するただの信者に成り下がってはならない。

 心と身体、両方修練が必要である。仙家では、「性命双修」と言う。性だけに偏ってはならない。ヽ(`△´)/ 




 曹洞宗では、只管打坐と言うようですが、私どもが張明澄先生から教わった「雲門禅」では、そもそも座りません。座禅は行わないのです。
 逆に道元は、只管打坐といいながら、「南泉ただ一刀両段のみを知ツて一刀一段を知ラず。」など、あまり感心しない禅話も残しています。つまり、ただ黙って座るだけ、というわけにはいかなかったのでしょう。この「南泉斬猫」という有名な公案は、非常に分かりやすいのにも係わらず、日本ではあまり理解されていないようです。
 
 南華密教の「神功」以上の功法では、瞑想は必ず「守護仏」をイメージしながら行うもので、自分が目指すべき尊格、つまりは本来の自分自信の姿がはっきりしていますから、修行において心と体がともなわないなどということはあり得ません。

 よく、お釈迦様の心を持て、とか、観音様の心を持て、などと言う人がいますが、自分の如来蔵(守護仏)も知らずにそのようなことはできません。
 例えば、金剛菩薩を守護仏とする人が、釈迦如来のスタイルを真似て行動すると、本来の個性と全く合わないために、あるべき魅力を失ってしまい、悟りどころか、日常生活も満足に出来ません。
 
 守護仏(如来蔵)は、密教の修行(功法)のためにだけあるわけではなく、五術の命・卜・相と同様、カウンセリングなどに利用しても素晴らしい効果があるものです。

 つい最近、その実例を、掛川先生からお聞きしたのですが、もし、お許しが出たら、是非このブログで公開させていただきたいと考えております。



コメント
早速HNで名乗らせていただきます。

禅の修業で座禅は一番重きを置かれていましたが、私は疑問に感じていました。

私は臨済宗の修行道場しか解らないのですが、座禅修行は一番嫌いでした。

座禅修行強化期間を制中と言い、その期間中には昼間は普通に過ごし朝晩だけ座禅に集中する「小摂心」1週間座禅に集中して修行する「大摂心」というのがありますが、

どちらも1日が終わり就寝時間をむかえますが一度寝る為のパフォーマンスをするんですが、瞬時に布団を引きずり出し体を布団の中に入れて寝た姿になりますが、他より遅いと警策と呼ばれる木の棒で布団の上から渾身の力をこめ振り落とされます。その後明かりを消して夜座と言って、本堂の濡れ縁で座禅をさせられ、位が上の者から退いて寝に行くのですが、一番遅い時は朝3時起きの生活にもかかわらず日付が変わって午前1時近くにもなります。

12月には臘八大摂心なるものがあり、夜寝るのも座ったままで横になってはいけないという行があります。

苦しくつらい修行を長年やってきた結果お釈迦様は、心穏やかにひたすら座るというのに行き着き、それこそ座禅であると聞かされた事がありますが、この記事の中で白隠禅師の記述を読み、驚かされたのと同時に、江戸時代の白隠禅師は座禅の方法を少しでも精進させたというのに、修行道場ときたら、未だにその功績や教えを都合の悪い部分は無視し続けていると思えるような修行内容です。

よく世間では座禅は体に良いと言われたり、坊主達も「座禅は心身に良い」とよく言っていますが、座禅のなれの果てとも言える坊主達は修行僧の身分である時から腰痛に悩まされていますし、修行僧の頃に与えられる休日があるのですが、休日のたんびに鍼灸院やマッサージに通いつめという者が多数です。

今ある日本の既存の仏教も宗教者だからふんぞり返って威張ってるだけでなく、さらなる宗教の発展を願うなら、末寺に上納金や何かにつけノルマを課すだけでなく、もっと研究し、吸収し、臨機応変に改めるべき事は改め精進していく事が大事だと思います。

こんなに偉そうな事言ってる私は剃髪ではありませんし、それこそ宗派からしたら問題児だと自負しています。

それに私は宗教について専門に学んだわけでもないし、の知識は先生のほうがありますのに、こんなに長々と偉そうにコメントを述べてしまいました。読み苦しい部分もあると思います。

ありがとうございました。

| 臨林斎 | 2010/02/22 6:48 PM |





臨林斎さま、臨済宗の祖である臨済義玄は、曹州南華県 (山東省荷沢地区)の出身だそうですね。南華密教の南華は中国でも江南地方の意味ですから、あまり関係はないのですが。


どうも、日本の禅宗が変な修行ばかりするのは、「南泉斬猫」の公案が理解できていないのが、最大の原因のような気がします。

修行のためなら猫を斬っても良い、とか、猫を斬ることの是非などここでは問題にしていない、などの暴論を平気で吐く人々が、いただいたコメントのように、集団リンチのような修行を強いるのでしょう。このような方法では、「悟り」などいつまで経っても得られないと思います。

また、趙州が履(くつ)を頭に載せて出て行った、というところも、単に奇妙な行動としか映らないようです。

少なくとも、弟子の趙州は、師匠の南泉が猫を斬ったことを非難しており、南泉も後悔していることは理解しないといけません。

何故、南泉が猫を斬ったかについては諸説ありますが、張明澄先生(雲門宗聖一禅師)の解釈は、「南泉はアルツハイマーだった」というものでした。成るほど、これ以上合理的な解釈はありませんね。



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| - | 23:13 | comments(2) | trackbacks(0) |
やはり邦夫氏は母からの「献金」を知っていた!『週刊現代』の報道
当ブログでは、前回の記事
邦夫氏は知っていた?自民党没落の象徴「平成の迂回献金王」与謝野馨の国会質問
のなかで、

邦夫氏のほうは、政治資金には使っていないようですし、自主的に贈与税の申告をしている上に、母親と話をしたことがある、というのですから、贈与契約はあったのかも知れません。


と書いたのですが、これを裏付けるような報道がありました。

『週刊現代』2月27日号に、鳩山邦夫氏のインタビュー記事が掲載されています。

母親からの献金については、「私は母からのカネを個人のカネとして使い、自分の資金管理団体には一切入れていません。だから私の資金管理団体はきれいなんです。ところが兄は資金管理団体に入れた。それで辻褄あわせに、死んだ人の名前まで使った。そのために虚偽記載で刑事事件になった。同じ母からのカネではありますが、処理の仕方が兄と私とでは根本的に違うんです」と話している。


もし、邦夫氏が母親からの「献金」を知らず、政治資金にも使っていなかったのなら、そのカネはそのまま残っているべきであり、使うことはできない筈です。
ところが、
私は母からのカネを個人のカネとして使い、自分の資金管理団体には一切入れていません。
というのですから、その金を使ったことは間違いなく、どこから来た金かも知っていたはずです。

邦夫氏は、そのカネを何に使ったかについては言及していませんが、推理することは可能であり、材料も出ています。

2月13日18時35分配信 時事通信の記事よりhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100213-00000060-jij-pol
会見で邦夫氏は、実母との電話の内容について「お兄さんは子分がいっぱいいて、その世話とか面倒をみるのに大変お金がかかるという話だが、あなたには子分はいないの。お金がひどくかかることはないの」と言われたと説明。「『ありません。子分があまりいないから』と答えた。それだけだ」と述べた。

「問うに落ちず、語るに落ちる」とはこの事で、邦夫氏は、母親からのカネを「子分」たちに配っていたのでしょう。
人はしばしば自分の疚しいところを他人に仮託して非難するものです(南華密教の心理学より)
しかも、邦夫氏は、3人兄姉弟のなかで一人だけ、毎月1千万円増額して貰っていたのです。使い道もなく、本人も知らない間に自分だけ増額されるわけがありません。

鳩山首相の場合は、母親からの献金を、政治資金として表に出して使うために、秘書らが、個人からの献金などと偽装したのがバレて、政治資金規正法違反となりましたが、
邦夫氏のほうは、すべて自分で裏金として使ったので、政治資金規正法の問題とはなりませんでした。
しかし、このカネを受け取った「子分」たちが、もし政治資金として使っていたとすれば、ウラ献金ということになるはずです。

この件が、「政治資金」ではなく「生前贈与」ということで一応決着したのは、政治家ではない姉も含めて、三人の兄弟に同額が「献金」されていたことが根拠となっているはずです。

鳩山首相については、「知らなかった」ということですし、秘書たちが個人献金ということに偽装して報告していたのですから、鳩山首相本人が自分で使ったというわけではありません。
つまり、本当に全く「知らなかった」かどうかは、心のなかのことですから我々が知る由もありませんが、少なくとも管理は秘書らに任せ、使い道にはタッチしていなかったとすれば、「知らなかった」というのが「嘘」とまでは言えません。


ところが、邦夫氏だけは、月1000万円が増額されており、しかも自分で、
母からのカネを個人のカネとして使い、自分の資金管理団体には一切入れていません
と言っているのですから、自分で管理して自分で使っていた訳で、要するに「知らなかった」というのは、「嘘」ということになります。

結局、与謝野氏の言う「平成の脱税王」は、邦夫氏に軍配が上がることになります。


| - | 04:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
邦夫氏は知っていた?自民党没落の象徴「平成の迂回献金王」与謝野馨の国会質問
朝日新聞の記事によると、
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2010/02/13/01.html

与謝野氏は「政治とカネ」の問題を徹底追及する野党のトップバッターとして午前10時すぎ、質問に立った。首相の偽装献金問題に関し、政治資金規正法違反の罪で在宅起訴された元公設第1秘書の名前を挙げ、こう指摘した。

 与謝野氏「あなたをかばうためにやった。これはあなたの犯罪だ。最近、ヤクザ映画を見るが、映画のシーンによく出てくる。親分は助かり、子分は警察に出頭する」

 首相「ヤクザと同じように扱われるのはいささかと思いますが」

 次に追及したのは、首相が野党時代の昨年3月、西松建設の巨額献金事件をめぐり「国策捜査」と批判したことについて。

 与謝野氏「検察が不正なことをしているような発言をしたが、自分のことになると検察は正しいと言う。ご都合主義だ」

 首相「感情的な高ぶりの中で発言したが、反省した」

 与謝野氏「感情の高ぶりで言っちゃったなんて言い訳を政治家がしてはダメだ。政治家失格だ」

 追及の手は緩めず、ついに最大の「隠し玉」が登場。首相に対する実母からの資金提供問題に関し、1年半ほど前に邦夫氏から聞いた話を紹介。

与謝野氏「“兄貴はしょっちゅうおっかさんのところに行って、子分に配る金が必要と言ってお金をもらっていた”と話していた。お母様と政治資金の話はしたことがないという答弁をずっとしているが、実際は(話を)しているんですよね」

 首相「全くの作り話だ。兄弟といっても信じられない話。母に尋ねていただいてもけっこう…」

 首相は怒りで声が震え、顔も紅潮。与党議員席から何度も「総理、冷静に!」の声が掛かると、何とか怒りを抑え、「母に対して金の無心をしたり“子分に配る金をくれ”などと言ったりするわけがない」と反論。それでも与謝野氏は「まさに平成の脱税王だ。そんな人が首相の座に座っていることがおかしい」と畳み掛けた。

 邦夫氏は予算委員会でのやりとりを受けて午前11時半ごろ、記者団に「1年半か2年ほど前、母から“お兄さんは子分を養うためにお金が大変いるということだけど、あなたは子分がいないからいらないわけ”との電話を受けた」と述べ、「兄の答弁は間違っている」と批判。ただ「(資金提供依頼は)兄が言ったのか、秘書が言ったのかは知らない」と強調した。[ 2010年02月13日 ]



果たしてこれで、鳩山首相が母親からの献金を知っていたことになるでしょうか。

邦夫氏自身は、母親と金の話をしたことがある、というのですから、むしろ、邦夫氏のほうは知っていた、ということになるのではないでしょうか。

しかも、邦夫氏への献金は、毎月1000万円多かったと言います。これは、邦夫氏側からの依頼によってそうなった、と言うのですから、もともと、邦夫氏は知っていた可能性は大きいのです。

この件が明るみになって、邦夫氏は大急ぎで贈与税の申告をしたことも、邦夫氏は知っていた、ことを物語るものです。

なお、鳩山首相の秘書たちは、鳩山首相には知らせないまま、母親からの献金を政治資金に使っていた、と言います。

贈与という行為が成り立つためには、贈与契約が必要であり、契約がなければ贈与税の対象にはなりません。

鳩山首相のケースでは、贈与契約はなく、政治資金に使われたということから、これは明らかに政治資金であり、政治資金規正法で処理すべき事柄です。つまり、贈与税の脱税というべきケースでは全くありません。

起訴された鳩山首相の秘書らは、当初この資金は借入金だと主張していたようですが、契約書がないために認められませんでした。
貸借契約か預託契約かの書類を作成しておけば、何の問題もないケースだったのですから、明らかに秘書らのミスであり、秘書だけが起訴されるのも仕方がありません。

邦夫氏のほうは、政治資金には使っていないようですし、自主的に贈与税の申告をしている上に、母親と話をしたことがある、というのですから、贈与契約はあったのかも知れません。



もともと与謝野氏は、政治資金についてクリーンでない事はよく知られており、特に迂回献金を利用して、本来なら職務権限によって受け取ることのできない相手からの献金を受けている、自民党の中でも自民党らしい政治家です。
こんなお粗末な質問なら、若手に任せて人気取りさせておけば良さそうなものですが、若手では、鳩山邦夫氏から直接聞いた、とは言えない、ということでしょうか。

今まで二大政党という意味から、自民党や与謝野氏に期待していた人も、今回の質問で、すっかり諦めたようです。
自民党の消滅後に、絶対多数の民主党が割れて、新たな二大政党になれば良い、と考えるようになっています。



■2010/02/13 (土) 自民・与謝野氏に巨額の迂回献金(世田谷通信)

12日の国会で、鳩山由紀夫首相のことを「平成の脱税王」と誹謗中傷した自民党の与謝野馨氏だが、与謝野氏自身は以前より「政治資金集めの天才」と呼ばれており、黒い噂が絶えたことがない。
わずか30万円の元手で政治セミナーを開き、1400人の参加者から6600万円を荒稼ぎしたり、数々の癒着企業からの迂回献金も自民党内で最高額である。
一例を挙げると、与謝野氏は1992年から2005年にかけて、ダミーの政治団体「政経政策研究会」を利用して、先物取引会社「エイチ・エス・フューチャーズ」(当時のオリエント貿易)などのグループ会社からの献金、総額5530万円を受け取り、それを自分の政治資金管理団体「駿山会」へ迂回させていた。
与謝野氏は、この巨額献金の見返りとして、寄付者の所得税の一部が控除される団体として、この「政経政策研究会」を推薦していたことも分かった。
つまり、自分への献金をした者だけが特別に減税されるというシステムを作ったのである。
与謝野氏は、以前、NHKの「日曜討論」で、迂回献金の全面禁止を訴えた共産党の小池晃議員に対して「何から何まで法律で縛る必要はない。迂回献金については政治家ひとりひとりの良識に任せるべきだ」という自論を展開して多くの視聴者から批判を受けたが、自分が巨額の迂回献金を受け取っているのだから、こうした自論を展開するのも当然だろう。
また、みんなの党の渡辺喜美代表(当時の自民党行政改革担当相)にも、同じ「政経政策研究会」から渡辺喜美氏の政治資金管理団体「温故知新の会」へ3540万円の献金が迂回していたことも分かった。(2010年2月13日)http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2010/02/post-29c5.html



渡辺喜美氏には、この他にも多くの疑惑があり、相続税3億5千万円を払っていない、という噂もあり、
渡辺センセと森センセの資金管理団体の事務所の住所と事務担当者が一緒!!
という、驚くべき事実も明らかになっています。

みんなの党が、二大政党の一方になるようなことは、決してないでしょう。


追記

その後の報道によると、

首相の無心「知らない」=記者会見で改めて説明−鳩山邦夫氏   2月13日18時35分配信 時事通信
 自民党の鳩山邦夫元総務相は13日午後、都内の個人事務所で記者会見し、自身の話を基に与謝野馨元財務相が鳩山由紀夫首相を、母親に資金提供を求めたと国会で追及した問題について改めて説明した。邦夫氏は「兄が金を無心したという話は母から聞いてないし、私は事実を全く知らない」と述べ、首相が資金提供を求めたかどうかは不明との認識を重ねて示した。
 会見で邦夫氏は、実母との電話の内容について「お兄さんは子分がいっぱいいて、その世話とか面倒をみるのに大変お金がかかるという話だが、あなたには子分はいないの。お金がひどくかかることはないの」と言われたと説明。「『ありません。子分があまりいないから』と答えた。それだけだ」と述べた。
 その上で、「母と電話で話した。それを何カ月か後に与謝野さんにこぼした、という二つの事実は間違いなくある」と、会話の内容を与謝野氏に伝えたことを強調した。
 一方、与謝野氏が12日の衆院予算委員会で「母親からしょっちゅうお金をもらっていた」などと首相を追及したことに関して、邦夫氏は「(与謝野氏が)質問を鋭くさせるためにいろんな表現を使われた」「無心したと解釈された」と指摘。川崎二郎国対委員長が実母らの証人喚問を要求したことについては「コメントする立場にない」と言及を避けた。 



与謝野氏は、邦夫氏の立場などどうでも良いのでしょう。

兄や姉よりも、月1000万円も多く貰っていた邦夫氏については、知っていた可能性がより大きいはずです。

増額についても、邦夫氏の秘書が独断で要請した、ということになっているそうですが、
ごく普通に考えたら、もともと毎月1500万円欲しいと母親に要求したのは邦夫氏であり、一人だけでは不公平だから、母親は3人の兄弟に対して同じ金額を配ることにしたのでしょう。しかし、それを由紀夫氏に話すと怒られるから、内緒で秘書に託した。そのうち、邦夫氏が増額を要求してきたが、さすがに3人とも増額は無理だったし、どうせ由紀夫氏は知らないことなので、邦夫氏だけに1000万円増額した。
というのが自然ではないでしょうか。由紀夫氏も無心して知っていたなら、邦夫氏だけ金額が多いのは不満だったはずです。


それにしても、与謝野馨という人物は、本当にひどい人間です。

政策通でもなんでもない、ただの恥知らずだったのですね。
| - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
建国記念日って、どうして2月11日なの? 
八世紀の初めに編纂された『日本書紀』によれば、最初の天皇である、神武天皇の即位日は「辛酉年春正月、庚辰朔」であり、日付は正月朔日、すなわち1月1日、ということになっています。
これがどうして、2月11日の紀元節=建国記念日ということになったのでしょう。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によりますと、

1872年(明治5年)11月15日、明治政府は神武天皇の即位をもって「紀元」と定め(明治5年太政官布告第342号)、同日には「第一月廿九日」(1月29日)を神武天皇即位の相当日として祝日にすることを定めた(明治5年太政官布告第344号)。この1月29日とは、1873年(明治6年)の旧暦1月1日をそのまま新暦に置き換えた日付である。折柄、明治5年12月3日をもって1873年(明治6年)1月1日とし、新暦が施行されることになっていた。
・・・・・紀元節は旧暦1月1日、すなわち旧正月を祝う祝日との誤解が国民のあいだに広まった。国民のこの反応を見て政府は、紀元節は神武天皇即位日を祝う祝日であるという理解が広まらないのではないかと考えた。また、1月29日では、孝明天皇の命日(慶応2年12月25日)西暦1867年1月30日(孝明天皇祭)と前後するため、不都合でもあった。

そこで、政府は、1873年(明治6年)10月14日、新たに神武天皇即位日を定め直し、2月11日を紀元節とした(明治6年太政官布告第344号)。

神武天皇の即位年の「辛酉年」は『日本書紀』の編年(720年(養老4年)に成立)を元に計算すると西暦紀元前660年に相当し、即位月は「春正月」であることから立春の前後であり、即位日の干支は「庚辰」である。そこで西暦紀元前660年の立春に最も近い庚辰の日を探すと新暦2月11日が特定される。その前後では前年12月20日と同年4月19日も庚辰の日であるが、これらは「春正月」になり得ない。したがって、「辛酉年春正月庚辰」は紀元前660年2月11日以外には考えられない。なお、『日本書紀』はこの日が「朔」、すなわち新月の日であったとも記載しているが、朔は暦法に依存しており「簡法」では計算できないので、明治政府による計算では考慮されなかったと考えられる。また、現代の天文知識に基づき当時の月齢を計算すると、この日は天文上の朔に当たるが、これは天文上の朔にあわせるため、庚辰の日を即位日としたと考えられている。


試しに、掛川掌瑛先生の子平ソフトで、紀元前660年2月11日を見てみますと、成るほど、確かに辛酉年の庚辰日になっています。



これは、命式として良いかと言うと、×が多いことから見ても分かるように、あまり良い命式とは言えません。
もともと、辛酉年の庚辰日では、あまり良い命式になる可能性が少ないものです。
しかし、これは個人の命式ではなく、国の紀元ということですから、普通の八字の見方とは違います。


ここで問題となるのは『日本書紀』に「春正月」と、記されている点にあります。
神武天皇が即位したと言う、紀元前660年ごろは、中国では周王朝の時代です。
「春正月」つまり、立春の頃を正月とするようになったのは、戦国時代ごろから、と言われており、それ以前は冬至のころを正月としていたと考えられています。 

そのひとつの根拠として、黄帝即位が、甲子年・甲子月・甲子日・甲子時に行われた、という伝説があります。
昔、和泉宗章という人が「天中殺」という、誰でもできる幼稚な占いで大もうけした後、予言が当たらなかったからとか言って占いを急にやめ、今度は『占い告発』という本を書いて、占いは間違っている、理論的にもおかしい、などと言って、占い師を攻撃し始めました。
その理論的におかしい、という根拠の一つに、黄帝即位の時とされる、甲子年・甲子月・甲子日・甲子時は、暦学的に存在し得ないではないか、というものがありました。
確かに、立春正月説を採用すると、甲子年は丙寅月から始まりますから、甲子年の甲子月は存在しないのですが、冬至正月説を知っていたら、あまり悩む必要はありません。
冬至正月なら、甲子年は甲子月から始まり、甲子年・甲子月・甲子日・甲子時も当然存在し得るのです。

また、太乙神数や奇門遁甲など、成立の古い術数においては、一年の区切りとして冬至が使われており、これも冬至正月説の一つの根拠と言えます。


横道にそれましたが、要するに、黄帝から周王朝までの時代は、冬至正月だった可能性が高く、紀元前660年の「春正月」というのは、首を捻らずにはいられません。
『日本書紀』が書かれた時代は、中国から伝わった立春正月が定着して久しい時代ですから無理もありませんし、中国で冬至正月が行われた時代には、日本に正月という概念もなかったはずです。

もともと、日本最初の「天皇」は推古天皇とされており、それ以前は、「天皇」という呼称さえありませんでした。最初の「天皇」が「女帝」というのも何だか象徴的ですね(天武天皇が最初の天皇とも言います)

紀元前660年というのは、推古天皇の即位(601年辛酉年)から1260年遡った辛酉年ということで、神武天皇の寿命は137才という無茶な設定になっています。
もっとも、神武天皇の父親である、天津日高日子波限建鵜草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)は、寿命数十万年とされており、北京原人あたりの時代から生きていた、ということですから、137才など、超短命なのかも知れませんが。


神武天皇即位というのは、史実ではなく伝説であり、伝説の日を建国記念日とする(日本と韓国だけ)ことの是非もありますが、2月11日、というグレゴリオ暦の日付をそのまま使うことも大いに疑問です。

「春正月」というのですから、そのまま立春を建国記念日にするか、「正月朔日」(旧暦の一月一日・朔は新月のこと)というのですから、旧暦の正月元旦を建国記念日として祝うのも、各地方で行われている、「かまくら」のような旧正月の行事と重なって、とても良い伝統保護になると思うのですが。

「旧正月」は、今でもアジア各地で行われており、「旧正月」を捨てることは、「脱亜入欧」つまり、アジア人であることを放棄して、ヨーロッパ人になろう、という馬鹿げた目標のために、本来あるべき日本の伝統を捨て去る行為に他なりません。




■ 子平命式解析講座 洩天機
http://www.meichyo.org/lesson10-03.html
日程:2月27日(土)・28日(日) 
テキスト:『子平・洩天機』(本講座受講者特別価格) 
     『明澄透派・子平命理・基礎篇』 
     『明澄透派・子平命理・象意篇』  
     『明澄透派・子平大全』


■ 紫薇斗数<命・卜・相>完成講座  
http://www.meichyo.org/lesson10-04.html
日程:3月27日(土)・28日(日)
テキスト:『明澄透派・紫薇大全』  
     『明澄透派・紫薇斗数命理大全』


■ <卜易・周易>実占完成講座
http://www.meichyo.org/lesson10-05.html
日程:4月24日(土)・25日(日)
テキスト:『明澄透派・卜易大全』
     『明澄透派・周易大全』


■ <星平会海>七政命理篇
http://www.meichyo.org/lesson10-06.html
日程:5月29日(土)・30日(日)
テキスト:『明澄透派・星平会海・前編』
     『明澄透派・子平命理・基礎篇』


■ <星平会海>星平合参篇
http://www.meichyo.org/lesson10-07.html
日程:6月26日(土)・27日(日)
テキスト:『明澄透派・星平会海・後編』   
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TBSの誤報「石川議員、民主党を離党する見通し」は結果的に本当になったが、一日も早く無罪を勝ち取って小沢首相の党に復帰してほしい
TBSが誤報
2月9日午後7時30分ごろ、TBSテレビ 放送総力報道!THE NEWS で放映されたものです。

「石川議員、民主党を離党する見通し」 News i - TBSの動画ニュースサイト(現在は消されている)
民主党内には「石川議員はまだ若いので離党しても出直せる」との声が出ている ...
news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4347994.html



TBSは、この件で、すでに疑惑の報道をしており、今回も故意の捏造報道の疑いがあります。



2010年02月05日 「水谷建設5000万円紙袋」は意図的に仕組まれた誤報だった?

Tatsuro
http://twitter.com/kenlive12/status/8668857195

水谷建設5000万円紙袋はTBSの捏造だった!!!!!!
目撃男性が言ってないと証言!

          ↓
http://twitpic.com/11g17s

水谷建設5000万円紙袋はTBSの「スクープ」?ねつ造?
(日刊ゲンダイ 2月5日発売6日付紙面5面)



2月10日追記

石川議員としては、離党したほうが、何かとやりやすい、という判断でしょうから、議員辞職さえしなければ、どうとういうこともありません。

離党してしまえば、社民党の言うように、政倫審で、公判を前に手の内をさらす必要もないでしょう。


2月11日追記

石川議員は、早く無罪を確定して、その時は、堂々と小沢首相の民主党(自由党?)に復帰して貰いたいものです。

大久保秘書らも含めて、全員全件無罪なら、小沢一郎氏が総理大臣に就任することについて、何の障害もありません。




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無実・真っ白・無罪!「民主・石川議員が報道内容を全面否定」離党も辞職も必要ない!
「民主・石川議員が報道内容を全面否定」(世田谷通信)

東京地検特捜部に異例の逮捕、起訴をされた民主党の石川知裕衆議院議員が、9日午後6時35分から地元の北海道十勝市で会見し、マスコミ各社が検察のリークを元に報道して来た内容を全面的に否定した。
石川議員は冒頭で支持者らに心配を掛けたことを謝罪した上で「私が小沢氏の秘書をやっていた時に政治資金報告書の記載ミスをしたことは事実だが、水谷建設などから不正な金をもらったことはいっさいないし、その原資を隠すために(意図的に)虚偽記載したわけでもない」と全面的に否定し「離党や議員辞職はせずに、地域の代表として1日も早く国会で活動して欲しいという支援者の声に応えたい」と決意を述べた。
石川議員も小沢一郎幹事長も終始一貫して「水谷建設などから不正な金は1円たりとも受け取っていない」と発言し続けている上に、東京地検特捜部がこれほど強硬な捜査をしてもまったく証拠を見つけることができなかったわけだが、今回、東京地検特捜部が捜査の決め手とした「石川議員に現金5000万円の裏金を渡したと証言している水谷建設の関係者」は、現金受け渡しの場所に現われた石川議員のことを「童顔で長身の男だった」と述べている。しかし石川議員は決して長身ではなく、この人物の信憑性にも疑惑が向けられている。(2010年2月9日)http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2010/02/post-f6e6.html


石川議員は、記載ミスがあったことは認めていますが、当ブログの記事をお読みの方は、記載ミスすら無かったことを理解されているかと思います(実際は、合計金額の間違いがあるようですが、これは総務省側の見落としと言うべきですし、そもそも起訴状に書かれているのかどうかもよく分かりません)


この件については、次の記事をご参照ください。

虚偽記載容疑だけ?頭狂地検特捜部が石川知裕衆院議員を逮捕!

三井環氏の事例に見る、未登記で不記載が虚偽記載なら、未登記で記載しても虚偽記載


こちらにも分かりやすいコメントがありました。
http://yahhoo.cocolog-tcom.com/goodwill/2010/02/post-a61b.html#more
(参考資料)

石川被告らの起訴状要旨 (02/04 20:00)

 衆議院議員石川知裕被告(36)らの起訴状要旨は次の通り。

 石川被告は小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」の会計責任者大久保隆規被告(48)と共謀し、2004年分の政治資金収支報告書の収入欄に、小沢氏からの借入金4億円と関連政治団体からの寄付計1億4500万円を記載せず、支出欄に土地取得費約3億5200万円を記載しなかった。

 元私設秘書池田光智被告(32)と大久保被告は共謀し、05年分報告書の収入欄に、関連政治団体から計3億円の架空寄付を記入し、支出欄に約3億5200万円を過大に記載した。また、07年分の収入欄に、関連政治団体からの寄付計1億5千万円を記入しない一方で、架空寄付計7千万円を記載し、支出欄に小沢氏への返済金4億円を記載しなかった。(共同通信)


報道されているのはこれだけであり、起訴状の内容を正確に伝えている報道は、いくらグーグルを駆使しても一つもヒットしません。
「20億云々」は起訴状にあるのかないのかまだ分かっていませんが、もし、これが起訴状にあれば、検察は、政治資金収支報告書の記載方法はもちろん、一般的な会計の方法も知らないことになり、石川議員らの無罪は確定的となります。

決算報告書に記載すべき、資産・負債などの金額は、あくまでも期末の残高のみであり、発生額すべてを記載するものは、勘定科目残高表の中の借方・貸方の項目になりますが、これは添付資料であり、決算報告書そのものではありません。
まして、政治資金収支報告書にどうやって未登記の土地代金の、個人立替金を記載するか、となると税理士でもかなり苦労すると思います。

それにしても、04年の4億円の借入金を記載していないのに、2007年の4億円の返済を記載しないなら当たり前のことで、04年の1億4500万円の寄付と07年の1億5千万円の寄付を記載せずに、05年に3億円の寄付を過剰に記載した、というのですから、これは単に金の出入りの時期をずらしたというだけで、寄付金そのものを記載しなかった、というわけではないでしょう。しかも寄付金といっても関連する政治団体からの寄付ですから、制限がある訳でもなく、実際のところ資金の融通でしかありません。
04年の支出3億5千万円を記載しなかったのは、これは小沢氏個人の立替分であり、まだ登記もしていないので、団体の支出とは言えません。
05年に3億5千万円の支出は、土地が登記され、他の団体からの寄付金により、小沢氏の立替金が返済されたから、記載されたのです。

4億×2+3.5億×2+3億+1.5億×2ー0.7億=20.3億

大まかには上のような計算ということでしょうが、相殺できないのは、0.7億円だけで、これも、寄付ではなく借入金とすれば良いもので、虚偽とも言えません。

これは非常に馬鹿げた計算であり、
たとえば、同じ年度に、2億を五回借りて五回返したのを記載しなかったら、合計20億円の不記載なんて、子供騙し、B層騙し、などと言われても仕方がありません。
2億を五回借りて五回返したら、借入残高は0であり、4回返したら借入残高は2億となります。
これを決算書に、借入金2億円と書いたら、18億円の不記載とでも言うのでしょうか?

投稿: 珍県民 | 2010/02/06 03:44
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